第18話 「今夜、一緒に食事をしよう」

文字数 686文字

 コーヒーが運ばれて来た。ミルクを数滴とスティックシュガーを入れて、スプーンで軽く掻き混ぜ、恵子はカップを口にあてた。コーヒーをブラックで飲まないのは昔と変わらないなあ、と沢木は思った。
恵子が歯切れの良い標準語で聞いて来た。
「どう?その後元気だった?」
「ああ、元気にやっているよ。そっちはどうなんだ?」
「ええ、私も相変わらず元気だから心配要らないわよ」
が、沢木には彼女が、言葉とは裏腹に、とても疲れてやつれているように見えた。
頬が少しこけ、目元もやや落込んで、元気だとは到底言えない顔つきである。綺麗に化粧を施して隠してはいるが、肌も少し荒れているように見える。沢木にはこのまま放って置けない気がした。
「どうだ?今夜一緒に食事をしないか!」
沢木は半ば断定的に言った。
「俺は今から仕事がある。ここでゆっくりお前と話し込んでも居られない。夜に一緒に食事をしてゆっくり話そう!」
有無を言わせぬ言い方で沢木は恵子を促した。
「良いわ、判ったわ」
待ち合わせの時間と場所を言って、沢木は食事を済ませ、恵子もコーヒーを飲み干して、二人は立ち上がった。
沢木はトレンチコートを背後から恵子に着せかけてやり、彼女は軽やかな身なりでコートを羽織って、傘を受取った。襟元からは香水の香りが仄かに漂った。懐かしい匂いだった。
自動開閉の出口を出て、氷雨の降り続く灰色の空を見上げた沢木は一瞬顔を曇らせたが、「予約を入れて置くからな。必ず来るんだぞ」そう恵子に言って軽く手を挙げ、オフィスビルの在る烏丸通りへと歩き出した。
「ええ、大丈夫よ」
答えた恵子は、反対方向に在る地下鉄「四条駅」の方へ歩いて行った。
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