5. 王太子からの招待

文字数 2,250文字

「馬車とぶつかったって・・・あんたらがやったのか?こいつに何かあったら、レッドが大変なんだよ。気をつけてくれ。」

 その青年についてきた男 ―― 近衛騎士(このえきし) ―― と、さらに続いて現れた容姿端麗(ようしたんれい)な女性 ―― 侍女(じじょ) ―― が見ている前で、リューイはいきなりそう食ってかかった。本人はそんなつもりはないのだが、言われた方にはそう聞こえる、リューイのいつもの口調である。

「この無礼者っ。」

 驚いて前へ出かけた護衛の騎士を、青年は軽く手をあげて制した。

「事実だ。彼らに謝罪せねばならぬ。お前は下がって静かにしていろ。」

 その落ち着いた声と仕草(しぐさ)からは、リューイもハッとするほどの威厳(いげん)貫禄(かんろく)が放たれている。だが、護衛であるその騎士が一礼して(すみ)やかにもとの位置に戻ると、青年は急に表情を崩した。そして、申し訳なさそうにリューイとシャナイアの二人に向き直り、こう名乗ったのである。

()はここダルアバス王国の王子で、ディオマルクと申す。察しの通り馬車でその子と衝突してしまい・・・医者に()せるため、気絶したその子をしばらく(あず)からせていただいた。脳や内臓、骨には異常は無いということだが、ひどい目に()わせてしまったこと、そして心配をかけさせてしまい、誠に申し訳ない。」 

「きっと、ミーアが飛び出したのね。だって、ほら・・・。」
 シャナイアは、肩をすくめておずおずと見上げてくるミーアに目を向けた。
「ごめんなさい・・・。」
「一人でおつかいに行かせた私も悪かったわ。」
 シャナイアは苦笑して、ミーアの頭をなでた。

 ここでディオマルク王子は、連れて来た侍女(じじょ)の方に合図を送った。その女性は姿勢よく進みでて、シャナイアの前でかしこまり、大きな紙袋を差し出した。中には色良(いろよ)形良(かたちよ)しという美味しそうな多種多様のパンが詰まっている。

 彼女は馬車に乗っていた金髪美人ではなかった。モカブラウンの髪で、美しいという以外は容姿の全く違う、また別の侍女(じじょ)だ。

 差し出されたものを、思わず成り行きのままに手を出して受け取っていたシャナイアは、彼女が上品な後ろ歩きで王子の背後に戻って行くのを、ただきょとんとした顔で見送った。そして、ディオマルク王子を見た。

 このあいだ、実は王子の方も、シャナイアの美貌や姿態をいやにじっと眺めていた。だが視線を向けてきた彼女と目が合うと、熟視(じゅくし)していたことには気付かせないほど素早く自然に、ほほ笑みかけながらこう言った。

「この子がパンが必要だと申すのでな。そこの彼女に用意させたものだが・・・それで構わぬか。」
「え・・・あの・・・。」
 シャナイアは困惑しながらわきを見下ろした。そこにいるミーアは得意げな笑顔を向けてくる。
「王子様がくれたの。それでいい?」
「ああそっか、パンを頼んでたのよね。もらっちゃって、いいのかしら・・・。」

「そなたらは、この子の兄と姉かい?」と、ディオマルク王子。
「・・・の、ようなものだ。」

 (つつし)んだり(あらた)まったりが分からないリューイは、相手が誰であろうが普段通りの口調で答える。
 それを全く気にすることなく、ディオマルク王子は言葉を続けた。

「それと、その子が着ていたものだが汚してしまうことになり、お返しするのに少々時間をくれぬか。綺麗な状態に戻して届けさせよう。無論、そのドレスはお納めいただきたい。その子が選んだものだ。気に入られよう。」
「それなら、もうじゅうぶんです、王子様。無理にお返しいただかなくても。」
 恐れ多いと、シャナイアはあわてて手を振った。
「いや、この程度では(つぐな)いにならぬ。そうだ、では明日、おわびに晩餐会(ばんさんかい)を共にしたいと思うがいかがかな。」
「まあ素敵、喜んで。ね、リューイ。」

 そう声をはずませたシャナイアとは対照的に、リューイの方は眉根(まゆね)を寄せた。珍しくギルの言葉をきちんと覚えていて、それをこの事態に当てはめ考えることができたからだ。

「俺はいいけど、あいつらが ―― 。」
「ほかの家族も、よければぜひ。」
「あ、いや、そうじゃなくて・・・。」
「では、私はこれにて失礼させていただく。時は夕刻、その頃(むか)えの馬車を手配しよう。では。」

 リューイが上手く(ことわ)れずあたふたしているうちにも、優雅な物腰(ものごし)で背中を返したディオマルク王子は、お供の近衛騎士(このえきし)侍女(じじょ)(したが)えて一方的に帰ってしまった。

 リューイは、隣で暢気(のんき)にニコニコしているシャナイアを、横目づかいに見た。

「俺は知らねえぞ。」
「何が?」
「ギルだよ。あいつ早くここを出たがってたろ、マズいからって。」
 シャナイアはあっと口に手を当てる。
「やだ、忘れてたわ・・・。」

 リューイがやれやれとため息をついた、その時。

「ただいま。今さ、そこの大通りにどういうわけか王家の馬車が停まってたんだが・・・お前たち、まさか関わってないだろうな。」
 
 エミリオと共に情報局へ寄っていたギルが、そのあと別行動をとることになり、一人で先に帰って来たのである。

(うわさ)をすれば・・・。」と、リューイ。

 曲がろうとしていた道の近くでそれを見たギルは、まわり道をして帰ってきていた。そのため、その高貴な御一行(ごいっこう)とは鉢合(はちあ)わせずに済んだのだった。

 それなのに、ギルはさっそく、おずおずと見つめてくるシャナイアに気付いた。まるで、思わず家財を(こわ)してしまった子供のような顔をしている。返事を聞くまでもないそんな様子に、嫌な予感が確信となる。

 ギルは引き()った笑みを浮かべた。
「冗談だろ?お嬢さん。」

 やはり、シャナイアは強張(こわば)った顔を崩さない。

「ギル、ごめんなさい。実は・・・。」



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