34.理想の君と
文字数 2,095文字
ギルは眠る前に、また相棒のことを考えた。
そういえば、あいつとは女性をどう扱うかや、恋云々 の会話をしたことがない。あいつでも、こんなふうに情熱的になったり、理性があやふやになることがあるのだろうか・・・。想像できるのは、裸になって一緒に寝てやるくらいだが。あとは、せいぜい髪を撫でながら時折 優しい言葉をかけてやるくらいで・・・。
そうして、いつの間にか眠りについたギルだったが、一時間もしないうちに目が覚めた時、それにつれて、初めは朦朧 として何か分からなかった音が、すぐにすすり泣きの声だとはっきりした。
ギルは驚いて、勢いよく真横に首を振った。そこにはシャナイアの背中があったが、その滑 らかな肩は小刻みに震えているし、かすかな嗚咽 も聞こえた。
「・・・どうした?」
ギルは戸惑いながら、そっと声をかけた。
それでも驚かせてしまったのか、その瞬間、震えていたシャナイアの肩が一瞬びくっと動いた。
ギルは恐る恐る問う。
「何か・・・まずいことでもしたか?」
シャナイアはすぐに首を振ったが、そのあと小声で言った。
「今まで何人抱いたの?」と。
ギルは呆気にとられた。そして、黙って背中を起こした。
「何が言いたいんだ。」
シャナイアは一瞬だけ肩越しに振り返ったが、ギルと目が合っておきながら、また背中を向けていじけてしまった。
「不足でしょ? 私なんて・・・しとやかでもなければ、優雅でも華麗でもないんですもの。」
「あのな、君が俺のことを好きだと言ってくれたなら、俺が好きな君であるならいいだろう。それがどうして、しとやかで優雅で華麗でなきゃあいけないんだ?それに、君がそうじゃないって誰が言った。」
「でも、あなたはやっぱり帝国アルバドルの皇子だもの。私なんて・・・。」
「怒るぞ。」
ギルは深々とため息をついた。本気で言っているのだろうかと、正直首をかしげる思いだった。彼女は息を呑むほど美しく、素晴らしく、むしろ自分の方こそ自信を無くしかけたというのに。
暖炉の火は小さくなり、ランプの弱々しい明かりの方が際立 っていた。朝はまだ訪れず、隙間 だらけのここには冷気が漂っていた。だが激しく降り続いていた雨はいつの間にか止み、屋根を叩きつけていた雨音 は消えて、外は静寂 すぎる夜に包まれている。
身震いを感じたギルは、上掛けをシャナイアの肩の上までしっかりと掛けなおしてやり、それから立ち上がって、先ほど脱ぎ捨てたバスタオルを腰に巻いた。それから暖炉の方へ行き、細かい燃料をくべて、また燃え上がった炎を見つめながら、そこに腰を下ろした。
ギルは簡素な寝台を振り返ることもなく、しばらくそうしていた。
これまで何人・・・というより、何回女性を抱いただろう・・・と、ギルは考えた。そう多くはないはずだが、いちいち数えることでもないので、それが例え片手で足りるほどであっても明確に覚えてなどいまい。ただ、そうした彼女たちには申し訳ないが、今夜ほど解放的な夜はなかった。訪問先の王族や、上流貴族の淑女 たちの、ただ綺麗なだけの肌に興奮したことなどなかった。そっけなく思われても仕方がないほどだった。これまでどの相手に対しても、その行為をする時には必ず、心のどこかに義務的なものがついてまわったからだ。
それに比べてシャナイアは、その全てが、まさに渇望 していたもの、憧れ、求めていた理想の女性。確かに、抱きすくめたその体は痛ましいほどに鍛 えられて、少し野性的ではあったが、それも、そして、そのいじらしささえもまた魅力でしかない。しかも、それでいて密着した肌の内側からは、滲 み出すような女らしさも、じゅうぶんに感じられた。彼女は、飢えていた心と体を満たしてくれる全てを持っている。
なのに、どうしてそう卑屈 になれるのか・・・。
そんなことを考えながら、炎の前に座り込んでいるギルの耳に、やがて、ためらいがちな足音が聞こえた。その気配は、無言のまますぐ後ろで止まった。
ギルが肩越しに少しだけ顔を向けると、やはり、胸から無造作 にシーツを巻きつけ、胸元を押さえて軽く裾 を摘 みあげている彼女がいる。
「やあ、女神様・・・。」
ギルはいつもの調子でわざとおどけて言ってみせたが、シャナイアはただ黙って隣に座り、叱 られた少女のように小さくなって、ギルの腕にもたれかかった。
「確かに俺は、これまで何人かとそういう関係になったことはある。だがな・・・」
シャナイアの肩に腕を回したギルは、目の前の炎を見守りながら言った。
「愛してる・・・なんて伝えたのは、たった一人だからな。」
それから首を向けて、ギルは彼女の潤 んだ瞳を覗 きこむ。
シャナイアは少し赤くなった顔で、はにかんだ微笑を返した。
笑顔で応えてくれたことに安心して、ギルはまた衝動に駆られながらも、今は優しくキスを迫った。素直に受け入れてくれたら・・・。
そのあとギルは、シャナイアを抱いてベッドで眠った。少し興奮しているせいで寝つけなかった。やっと叶った嬉しさのあまり。だから、彼女の寝顔を見つめてそっと囁きかけた。夢に描いた理想の君・・・いつか、俺のものになってください。
そういえば、あいつとは女性をどう扱うかや、恋
そうして、いつの間にか眠りについたギルだったが、一時間もしないうちに目が覚めた時、それにつれて、初めは
ギルは驚いて、勢いよく真横に首を振った。そこにはシャナイアの背中があったが、その
「・・・どうした?」
ギルは戸惑いながら、そっと声をかけた。
それでも驚かせてしまったのか、その瞬間、震えていたシャナイアの肩が一瞬びくっと動いた。
ギルは恐る恐る問う。
「何か・・・まずいことでもしたか?」
シャナイアはすぐに首を振ったが、そのあと小声で言った。
「今まで何人抱いたの?」と。
ギルは呆気にとられた。そして、黙って背中を起こした。
「何が言いたいんだ。」
シャナイアは一瞬だけ肩越しに振り返ったが、ギルと目が合っておきながら、また背中を向けていじけてしまった。
「不足でしょ? 私なんて・・・しとやかでもなければ、優雅でも華麗でもないんですもの。」
「あのな、君が俺のことを好きだと言ってくれたなら、俺が好きな君であるならいいだろう。それがどうして、しとやかで優雅で華麗でなきゃあいけないんだ?それに、君がそうじゃないって誰が言った。」
「でも、あなたはやっぱり帝国アルバドルの皇子だもの。私なんて・・・。」
「怒るぞ。」
ギルは深々とため息をついた。本気で言っているのだろうかと、正直首をかしげる思いだった。彼女は息を呑むほど美しく、素晴らしく、むしろ自分の方こそ自信を無くしかけたというのに。
暖炉の火は小さくなり、ランプの弱々しい明かりの方が
身震いを感じたギルは、上掛けをシャナイアの肩の上までしっかりと掛けなおしてやり、それから立ち上がって、先ほど脱ぎ捨てたバスタオルを腰に巻いた。それから暖炉の方へ行き、細かい燃料をくべて、また燃え上がった炎を見つめながら、そこに腰を下ろした。
ギルは簡素な寝台を振り返ることもなく、しばらくそうしていた。
これまで何人・・・というより、何回女性を抱いただろう・・・と、ギルは考えた。そう多くはないはずだが、いちいち数えることでもないので、それが例え片手で足りるほどであっても明確に覚えてなどいまい。ただ、そうした彼女たちには申し訳ないが、今夜ほど解放的な夜はなかった。訪問先の王族や、上流貴族の
それに比べてシャナイアは、その全てが、まさに
なのに、どうしてそう
そんなことを考えながら、炎の前に座り込んでいるギルの耳に、やがて、ためらいがちな足音が聞こえた。その気配は、無言のまますぐ後ろで止まった。
ギルが肩越しに少しだけ顔を向けると、やはり、胸から
「やあ、女神様・・・。」
ギルはいつもの調子でわざとおどけて言ってみせたが、シャナイアはただ黙って隣に座り、
「確かに俺は、これまで何人かとそういう関係になったことはある。だがな・・・」
シャナイアの肩に腕を回したギルは、目の前の炎を見守りながら言った。
「愛してる・・・なんて伝えたのは、たった一人だからな。」
それから首を向けて、ギルは彼女の
シャナイアは少し赤くなった顔で、はにかんだ微笑を返した。
笑顔で応えてくれたことに安心して、ギルはまた衝動に駆られながらも、今は優しくキスを迫った。素直に受け入れてくれたら・・・。
そのあとギルは、シャナイアを抱いてベッドで眠った。少し興奮しているせいで寝つけなかった。やっと叶った嬉しさのあまり。だから、彼女の寝顔を見つめてそっと囁きかけた。夢に描いた理想の君・・・いつか、俺のものになってください。