16. 王家の浴室で
文字数 1,968文字
ダルアバス王国は、地中から湧出 する温水を有意義に利用できる技術を持つ国である。大陸の歴史上、技術力では何においても優れているこの国は、浴槽に温水を常に供給できるシステムをどこよりも早く確立したという記録をもつほど。
そういうわけで、ディオマルク王子の指示通りに抜かりなく動く召使いによって、彼らは王家自慢の温泉へと案内されてきた。大衆浴場でもないのに広大な浴室には大理石や碧玉 でできた また大きな浴槽があり、その中心には神を象 った彫像 が飾られ、採光 のための天窓 ではステンドグラスが輝いている。
ギルとエミリオが、慣れたようにその浴槽の段に座り、半身浴で遠慮なく寛 いでいる一方で、レッド、リューイ、そしてカイルの三人は湯船に浸かることも忘れ、そろって呆 けたように口を開けて突っ立ったまま、そんな豪勢な浴室じゅうを眺め回している。
「お前たち・・・バカみたいだぞ。いくら何でも驚きすぎだろ。」
ギルが呆れて声をかけた。
ちょうどその時、いきなり五人の若い女性が入ってきたので、あわてたレッドとカイルは、とっさに湯の中へ飛び込んだ。リューイはというと、もともと裸 同然の格好で密林を駆け回っていたこともあり、幼い子供のように恥ずかしいという感情が欠落しているらしく堂々としていた。
「お背中をお流しいたします。」
事務的な口調で彼女たちは言った。
ギルは、代表してレッドの顔をうかがった。
レッドは勘弁 してくれといわんばかりに顔を歪 めながら、小刻 みに首を横に振りたててみせている。
「申し訳ないが俺たちは必要ないよ。ありがとう。」
ギルは彼女たちの方へ首を向けて答えた。
「ですが、ディオマルク王子の命により、手厚くもてなすよう申し付けられております。」
「実は、今から俺たちだけで大切な話があるんだ。そう王子に伝えてくれれば分かるから。」
「そうでございますか・・・では失礼させていただきます。」
彼女たちは素直にギルの言うことをきいて、出て行った。
「ああびっくりしたあ・・・。」
カイルはへなへなと口まで湯に浸かった。
「なんなんだ、ありゃあ。」
そうレッドもぼやいているあいだに、一人遅れて、リューイも湯に足をつけている。
「かわいそうに。せっかくだから、もてなしを受けてあげればよかったのに。今頃は王子のお叱 りを受けはしないかと、怯えているんじゃないかな。」
エミリオが優しい口調で淡々と言った。
レッドは唖然 ・・・というより愕然 。
「あんないきなり現れた見ず知らずの年若い娘に、全てをさらけ出せっていうのかっ。いったいどういう神経してるんだ。」
「こういうところでは、あれで普通なんだよ。俺たちから見れば、お前たちの方がよほど変わってるぞ。そんな惚 れ惚 れするようないい体で、なに恥ずかしがってるんだ。」と、ギルも平然と答えた。
「もしかして・・・宮廷生活中、自分で体を洗ったことなかったのか?」
「ああ・・・ない。エミリオも、そうだろう?」
「確かに・・・なかったな。」
「王侯貴族 って・・・。」
二人のあっけらかんとした返答に、そばで聞いているカイルも絶句。
「まあ・・・俺たちは客人だが、主人の体を綺麗で清潔に保つことは、女性の召使いの務めだからな。そのへんの庶民の感覚が分からないディオマルクが、普通に気を利かせたんだよ。だから、今頃はシャナイアも、女の召使いのご丁寧なもてなしを快く受けているんじゃないか。」
女の召使いのご丁寧なもてなしを快く受けている・・・というのは外れてはいなかったが、実際、そのシャナイアが今いる場所は浴室ではなく、同じ建物内にある観葉植物で飾られた応接室。そこで彼女は、アロマキャンドルとオイルマッサージによるリラクゼーションにまったりしている最中で、幼いばかりでなく実はお姫様であるミーアも、ギルやエミリオ同様当たり前のように世話をしてもらい、先に入浴していた。
「それどころか、ディオマルクのことだから、
「そういうおもてなし・・・。」
「俺たちみんな、ここへ来る前に案内された寝室は別々だったろう。」
リューイはさておき、レッドはカイルと目を見合う。
「ちなみに俺は予想がついたもんで、ディオマルクの方に事前に断っておいた。嫌なら断ればいいが、ここの侍女 たちはみんな、自分の美貌やその手のあれこれに自信を持っているからな。プライドが高いぞ。断るなら傷つけないように。」
「そんな難しいことができるか。やり手の美女を普通に寄越される前に、あんたの方から断っておいてくれ。」
「それって僕もなの? 初めてが年上の手馴れたお姉さんなんて、やだよ。」
「ところで、ギル。」と、エミリオ。「私たちに大切な話があるらしいね。さっきのは、とっさに思いついたというわけでもないのだろう?」
そういうわけで、ディオマルク王子の指示通りに抜かりなく動く召使いによって、彼らは王家自慢の温泉へと案内されてきた。大衆浴場でもないのに広大な浴室には大理石や
ギルとエミリオが、慣れたようにその浴槽の段に座り、半身浴で遠慮なく
「お前たち・・・バカみたいだぞ。いくら何でも驚きすぎだろ。」
ギルが呆れて声をかけた。
ちょうどその時、いきなり五人の若い女性が入ってきたので、あわてたレッドとカイルは、とっさに湯の中へ飛び込んだ。リューイはというと、もともと
「お背中をお流しいたします。」
事務的な口調で彼女たちは言った。
ギルは、代表してレッドの顔をうかがった。
レッドは
「申し訳ないが俺たちは必要ないよ。ありがとう。」
ギルは彼女たちの方へ首を向けて答えた。
「ですが、ディオマルク王子の命により、手厚くもてなすよう申し付けられております。」
「実は、今から俺たちだけで大切な話があるんだ。そう王子に伝えてくれれば分かるから。」
「そうでございますか・・・では失礼させていただきます。」
彼女たちは素直にギルの言うことをきいて、出て行った。
「ああびっくりしたあ・・・。」
カイルはへなへなと口まで湯に浸かった。
「なんなんだ、ありゃあ。」
そうレッドもぼやいているあいだに、一人遅れて、リューイも湯に足をつけている。
「かわいそうに。せっかくだから、もてなしを受けてあげればよかったのに。今頃は王子のお
エミリオが優しい口調で淡々と言った。
レッドは
「あんないきなり現れた見ず知らずの年若い娘に、全てをさらけ出せっていうのかっ。いったいどういう神経してるんだ。」
「こういうところでは、あれで普通なんだよ。俺たちから見れば、お前たちの方がよほど変わってるぞ。そんな
「もしかして・・・宮廷生活中、自分で体を洗ったことなかったのか?」
「ああ・・・ない。エミリオも、そうだろう?」
「確かに・・・なかったな。」
「
二人のあっけらかんとした返答に、そばで聞いているカイルも絶句。
「まあ・・・俺たちは客人だが、主人の体を綺麗で清潔に保つことは、女性の召使いの務めだからな。そのへんの庶民の感覚が分からないディオマルクが、普通に気を利かせたんだよ。だから、今頃はシャナイアも、女の召使いのご丁寧なもてなしを快く受けているんじゃないか。」
女の召使いのご丁寧なもてなしを快く受けている・・・というのは外れてはいなかったが、実際、そのシャナイアが今いる場所は浴室ではなく、同じ建物内にある観葉植物で飾られた応接室。そこで彼女は、アロマキャンドルとオイルマッサージによるリラクゼーションにまったりしている最中で、幼いばかりでなく実はお姫様であるミーアも、ギルやエミリオ同様当たり前のように世話をしてもらい、先に入浴していた。
「それどころか、ディオマルクのことだから、
そういうおもてなし
が、このあとも普通に用意されていると思うぞ。」「そういうおもてなし・・・。」
「俺たちみんな、ここへ来る前に案内された寝室は別々だったろう。」
リューイはさておき、レッドはカイルと目を見合う。
「ちなみに俺は予想がついたもんで、ディオマルクの方に事前に断っておいた。嫌なら断ればいいが、ここの
「そんな難しいことができるか。やり手の美女を普通に寄越される前に、あんたの方から断っておいてくれ。」
「それって僕もなの? 初めてが年上の手馴れたお姉さんなんて、やだよ。」
「ところで、ギル。」と、エミリオ。「私たちに大切な話があるらしいね。さっきのは、とっさに思いついたというわけでもないのだろう?」