1. 砂漠の都

文字数 1,895文字

 マウラ砂漠を抜ければ、黄土(おうど)色の土が広がる大地に、やがて大きな水門と二重の城壁によって守られた都がみえてくる。荒廃した古代の神殿や、剥き出しになっている、岩石でこり固められた昔の荒々しい壁を通り過ぎると、細かく工夫されたモザイクが街の至るところで見られるようになる。それには、とりわけ清々(すがすが)しい青色がふんだんに使われていた。大河カデシアを見下ろして建つ王宮の丸い屋根や尖塔(せんとう)の数々も、鮮やかな青色のタイルで(いろど)られた美しさを(ほこ)っている。

 今朝、ここダルアバス王国の王都に到着したばかりの一行(いっこう)は、まず狭い石畳(いしだたみ)の通りにあった自炊のできる宿を確保すると、早速、旅での消耗品の補充や食料の買いつけにとりかかろうと、繁華街へ向かった。

 先に小料理店で食事を済ませた一行は、入り組んだ迷路のような細い道を抜けて、川岸の大通りに出た。早朝から昼下がりの午後まで川辺で開かれる市場には、野菜や果物が積み上げられた出店がたくさん並んでいる。

「準備を整えるには、この辺りが都合がよさそうだが・・・どうかな。」
 その市場を前にして、エミリオが言った。

 仲間たちはすぐに足を止めたが、ギル一人だけは聞いておらず、大河カデシアに架かる大橋を越えたところを眺めながら歩き続けた。

「ギル?」
 シャナイアに声をかけられてやっと、ギルはあわてて立ち止まった。
「え・・・ああ、悪い、ぼーっとしちまって・・・なに?」
「ずっと向こうを見ていたようだが?」と、それに気づいたレッドがきいた。そして、青いドーム屋根が見えている王宮のある方角に視線を向ける。

 華麗なその王宮は、対岸に分かりやすく建っていた。

 だがギルの方は、それをもう見ようとはしなかった。
「ああいや、町並みを・・・眺めていただけさ。」
「知り合いでもいるのかい。」
 わざと曖昧(あいまい)にエミリオが問う。
「あらそうなの?じゃあ、丁度いいじゃない、そこに ――」
 シャナイアがそう声を弾ませると、「バカ、ギルの知り合いが一般庶民なわけないだろ。」と、呆れてレッドが言下に言った。
「あ、そっか。」カイルが両手を打ち合わせた。「・・・ってことは、王様?」

 ギルは大きなため息をついた。ある馴染(なじ)み深い男の顔が目に浮かぶ。ギルは、厄介事が起こりそうな嫌な予感に顔をしかめた。
「ああ、ここの王子とは、一応幼馴染(おさななじ)みでな。頼むから、ここでの長居はよしてくれ。」

 それはそうと話を戻した彼らは、手分けして物資を調達したあとは、おのおの自由行動をとることとなった。カイルはいつものように路銀を(かせ)ぐため占いを。エミリオとシャナイアも同じ目的で組むこともあるが、今日エミリオは、ギルと共に情報局へ向かう予定を立てている。レッドに付いて行ったり行かなかったりのリューイは、この時は一人で行動すると言いだし、同じくレッドに付きまとったり離れたりのミーアは、シャナイアに誘われて、夕食の買い出しに連れて行ってもらえることになった。

「じゃあ行きましょ。」

 献立(こんだて)を考えながらミーアと手をつなぎ合ったシャナイアは、豊富に食品をそろえた八百屋(やおや)があるだろう市場へ。馬車が来ているのを見たシャナイアは、それが通りすぎるのを少し待って再度 安全を確認してから、ミーアを連れて仲間たちから離れた。
 
 ところが、その少しあと。

「コラッ、気をつけろ!」

 今通りすぎた馬車からそんな怒声が聞こえた。驚いて、二人が向かった先へ視線を変えてみれば、きっとミーアと変わらない年頃の少年が大通りを渡りきって、チラっと振り返りながら走り去るのが見えた。馬車に()かれそうになったその少年は、シャナイアとミーアが向かった市場の方へ消えていった。

「飛び出しか・・・気づかなかった。」
 一瞬冷や汗をかいた・・・という顔でギルが言った。
 その隣にいるエミリオは、周囲を眺め回して眉をひそめている。
「なるほど・・・危ないな。」と。
 
 川辺の露店市場だけでなく、川沿いの大通りにもたくさんの店が並んでいる。だが、大型馬車がすれ違える通りに面していて、商品や軽食を店舗(てんぽ)の前で売っている店も多くあるというのに、歩道と呼べるものは無い。よって、曖昧(あいまい)な歩行者の道には、店が出している立て看板(かんばん)やタープが、たいした配慮もせず設置されているように見える。つまり、店舗の間の路地を通り抜けて大通りをわたろうとする子供の、そして同様に御者(ぎょしゃ)の視界を(さえぎ)ってしまう。人通りの多いこの時間帯では、馬車がたてる音も喧噪(けんそう)(まぎ)れて分かり辛い。そうして市場へ向かう子も多くいるだろうに。

 急に不安にかられたレッドは、ため息をついてつぶやいた。
「ミーアを一人にしない方が良さそうだな・・・。」
 
 




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