28.止めてくれ・・・!
文字数 2,041文字
一方、道が通れるようになるや否や、驚異的な身ごなしと素早さで、リューイは危険な細道を瞬く間に駆け戻っている。
「ギル、今行くから待ってろ!耐えろよ!」
そうしてすぐに駆けつけたが、ギルのそばに行った時、リューイは驚いて目をみはった。血が・・・もう皮膚が傷つけられて、縄に血が滲 んでいる。それにもかかわらず、ギルの面上には、正義感や責任感以上の、何か凄まじい感情が剥き出しているように見えた。ただ青ざめていてむしろ無表情に近く、擦 り切れた傷口に容赦なくロープが食い込んでいくというのに、ギルは痛みを超えた真剣そのものの硬 く強張 った顔をしていた。それがかえって、リューイに物凄い気迫を感じさせた。
とにかく縄を引き寄せようと、リューイも手を伸ばした。ところが、力を入れやすいよう一歩踏み出した途端に足元が崩れ、あわてて身を引いた。そして、ギルと同じことを思った。ここへ駆け戻ってくるまでにも、勢いよく足をついて崩れた場所があった。
「リューイ、ダメだ。ここは脆 い。下手に動けば足場が無くなる。」
驚くほど落ち着いた声で、ギルは言った。
リューイは険しい顔でたたずんだ。今すぐ腕の負担を軽くしてやることもできない・・・。
「ちくしょう、これじゃあ・・・。」
リューイはうろたえて呟 き、そう言ったギルの、なおも痛みに顔をしかめることもなく超然としたような表情で、シャナイアを見つめ続けるひたむきな眼差しを見た。
絶対絶命の中で、内心ギルはとてつもない恐怖に襲われていた。だがその恐怖は、リューイも思ったように痛みなどからくるものではなかった。それをももはや感じさせないほどの強い感情が、胸をカッと熱く燃え上がらせていた。腕がどうなろうと知ったことではなかった。その手を死んでも放すつもりなどなかった。腕を失うよりも失って耐えられないものに、今はっきりと気付いたからだ。
「ダメよ、このままだとあなたまで・・・!ギル、放してお願い!」
シャナイアは水面から必死に顔を上げて、声を限りに叫んだ。
「俺は大丈夫だから、黙ってこらえてろ!」
ギルが怒鳴り返す。
「私はいいから、放して!」
「やけになるな、バカ!」
「もうっ、放してよバカ!」
「やかましい!」
そこで思いついたシャナイアは、腰から伸びている命綱から片手を放した。そしてその手を、懸命に水の中へしのばせて、腿のベルトから細いナイフを引き抜いた。
「もう・・・いいんだってば。」
シャナイアは心の中で呟いて、縄にナイフをあてがう。
ギルもリューイも、ぎょっとした。
「シャナイア、何する気だ!」
ギルが本気で怒鳴りつけるのを、シャナイアは聞こえないふりをした。
「待て、今、助けられるようにするから・・・!」
「あなたを殺したくないのよ・・・。」
シャナイアは泣きながら、ナイフを左右に動かし続ける。仲間との思い出が次々とよみがえってき、中でも彼の笑顔や、口づけされたことなどを思い出すと泣けて泣けて仕方がなかったが、震える手を止めることなく動かし続けた。何度も、何度も・・・。
「止めろ、止めるんだ!頼む!」
ギルは悲鳴を上げた。
「止めてくれえっ・・・!」
だが、ついに命綱は裁 ち切られ、彼女の体は呆気 なく流れに飲み込まれていった。
「シャナイア!」
たちまち軽くなった腕から邪魔になる縄を夢中で引き剥がしたギルは、ためらいもなく激流の中へ身を投げ出して彼女の姿を追った。
リューイが止める間もなかった。
「キース!」
リューイの声と身振りと共に、その命令を瞬時に理解したキースは、すぐさま川沿いを走りだして、激流に飲み込まれたシャナイアやギルの姿でも見失わないよう追いかけて行った。
そして間もなく、川はごうごうと流れるばかりになった・・・。
リューイは二人が流されて行った方を力なく見つめ、愕然 とそこに立ち尽くした。
しばらくは動く気力も湧かなかった。
だがここで呆然と突っ立っていても何にもならない・・・。
リューイは、苦渋の面持ちで仲間たちの所へ戻った。
この川の流れは大きな橋の方へと向かっているため、二人の姿はほかの者たちの目の前を通り過ぎていったはずだが、誰の目にもとまらなかった。ただ、そばからキースがいきなり猛然と走りだしただけで、何が起こったのかは分からない。
「一体何が・・・。」
レッドが、肩を落としてひどく落ち込んでいるリューイに、恐る恐る声をかけた。
誰もが、そんなリューイを取り囲むように集まっているが、ほかに何か言う者はいなかった。ただ、その顔は一様に不安で緊張している。
「シャナイアが・・・自分で縄を切った。そして、ギルがあとを追って・・・。ごめん、助けられたはずなのに・・・。」
うな垂れたままそう報告するリューイの肩に、レッドは無言で手を回した。
ミーアがわっと泣き出して、うずくまってしまった。
そんなミーアをエミリオが優しくかかえ起こし、抱きしめてやりながら力強い声で言った。
「まだ望みはある。二人の無事を祈ろう。」
「ギル、今行くから待ってろ!耐えろよ!」
そうしてすぐに駆けつけたが、ギルのそばに行った時、リューイは驚いて目をみはった。血が・・・もう皮膚が傷つけられて、縄に血が
とにかく縄を引き寄せようと、リューイも手を伸ばした。ところが、力を入れやすいよう一歩踏み出した途端に足元が崩れ、あわてて身を引いた。そして、ギルと同じことを思った。ここへ駆け戻ってくるまでにも、勢いよく足をついて崩れた場所があった。
「リューイ、ダメだ。ここは
驚くほど落ち着いた声で、ギルは言った。
リューイは険しい顔でたたずんだ。今すぐ腕の負担を軽くしてやることもできない・・・。
「ちくしょう、これじゃあ・・・。」
リューイはうろたえて
絶対絶命の中で、内心ギルはとてつもない恐怖に襲われていた。だがその恐怖は、リューイも思ったように痛みなどからくるものではなかった。それをももはや感じさせないほどの強い感情が、胸をカッと熱く燃え上がらせていた。腕がどうなろうと知ったことではなかった。その手を死んでも放すつもりなどなかった。腕を失うよりも失って耐えられないものに、今はっきりと気付いたからだ。
「ダメよ、このままだとあなたまで・・・!ギル、放してお願い!」
シャナイアは水面から必死に顔を上げて、声を限りに叫んだ。
「俺は大丈夫だから、黙ってこらえてろ!」
ギルが怒鳴り返す。
「私はいいから、放して!」
「やけになるな、バカ!」
「もうっ、放してよバカ!」
「やかましい!」
そこで思いついたシャナイアは、腰から伸びている命綱から片手を放した。そしてその手を、懸命に水の中へしのばせて、腿のベルトから細いナイフを引き抜いた。
「もう・・・いいんだってば。」
シャナイアは心の中で呟いて、縄にナイフをあてがう。
ギルもリューイも、ぎょっとした。
「シャナイア、何する気だ!」
ギルが本気で怒鳴りつけるのを、シャナイアは聞こえないふりをした。
「待て、今、助けられるようにするから・・・!」
「あなたを殺したくないのよ・・・。」
シャナイアは泣きながら、ナイフを左右に動かし続ける。仲間との思い出が次々とよみがえってき、中でも彼の笑顔や、口づけされたことなどを思い出すと泣けて泣けて仕方がなかったが、震える手を止めることなく動かし続けた。何度も、何度も・・・。
「止めろ、止めるんだ!頼む!」
ギルは悲鳴を上げた。
「止めてくれえっ・・・!」
だが、ついに命綱は
「シャナイア!」
たちまち軽くなった腕から邪魔になる縄を夢中で引き剥がしたギルは、ためらいもなく激流の中へ身を投げ出して彼女の姿を追った。
リューイが止める間もなかった。
「キース!」
リューイの声と身振りと共に、その命令を瞬時に理解したキースは、すぐさま川沿いを走りだして、激流に飲み込まれたシャナイアやギルの姿でも見失わないよう追いかけて行った。
そして間もなく、川はごうごうと流れるばかりになった・・・。
リューイは二人が流されて行った方を力なく見つめ、
しばらくは動く気力も湧かなかった。
だがここで呆然と突っ立っていても何にもならない・・・。
リューイは、苦渋の面持ちで仲間たちの所へ戻った。
この川の流れは大きな橋の方へと向かっているため、二人の姿はほかの者たちの目の前を通り過ぎていったはずだが、誰の目にもとまらなかった。ただ、そばからキースがいきなり猛然と走りだしただけで、何が起こったのかは分からない。
「一体何が・・・。」
レッドが、肩を落としてひどく落ち込んでいるリューイに、恐る恐る声をかけた。
誰もが、そんなリューイを取り囲むように集まっているが、ほかに何か言う者はいなかった。ただ、その顔は一様に不安で緊張している。
「シャナイアが・・・自分で縄を切った。そして、ギルがあとを追って・・・。ごめん、助けられたはずなのに・・・。」
うな垂れたままそう報告するリューイの肩に、レッドは無言で手を回した。
ミーアがわっと泣き出して、うずくまってしまった。
そんなミーアをエミリオが優しくかかえ起こし、抱きしめてやりながら力強い声で言った。
「まだ望みはある。二人の無事を祈ろう。」