12. 幼馴染の直感
文字数 2,148文字
ギルとディオマルクが真剣な顔で駒 を交えあっているそれは、先手と後手が、それぞれの駒を使って相手の王を追い詰めるというボードゲーム(いわばチェス)。互いに相手の国を訪れた機会に余裕があれば、たいていはこれをしていた。ほかに、剣の稽古 などにもよく二人で明け暮れていたものだった。
今はギルの方が優勢。その証拠に、ディオマルクは先ほどから低く唸 り続けている。
「このままでは、余はあの佳人 をどう頷 かせるかに頭を抱えることになるが、どのような方法をもってしても構わぬか。」
「私が勝てば、おとなしく諦 めるという話ではないのか。」
「そのように聞こえたか? 余は、そなたの方から頼むことをしてもらえるか否か、それ以上を口にした覚えはないが。」
ディオマルクは、わざと白々しくそう言った。
ギルは、なんて無意味な勝負に乗ってしまったのかとがっかりしたが、ファライア王女を思うと、どっちつかずになってしまった自分の気持ちを、この勝負の行方 に任せてみようと考え直した。
「・・・まあいい。ならば、一つ警告しておこう。バラの花には棘がある。彼女の場合は、下手をすると実際肌身にかなり応 えることになろうから、その時はじゅうぶん警戒してかかられよ、ディオマルク。」
「と、申すと・・・。」
「彼女は戦士なのでな。それも、腕は見上げるほど確からしい。」
「なんと、まことか。なるほど、迂闊 に手を出せぬわけだ。だがこの作戦には、それはなお都合よくありがたいことだ。それと、余は強い女性も好みだ。本気で口説いても構わぬか。」
「権力にものを言わせず、卑怯 な真似はせぬと約束できるなら、どうぞ声をかけてみればいいだろう。断られるはずだが、もし彼女がその気になったなら、私にそれを止める権利はない。」
そうはさせるかとここへ来たはずのギルだったが、思い直して、気付けばそんな返事をしていた。
「本心のつもりか。」
「なぜ。」
ディオマルクはギルの顔をうかがったが、ギルの方はボードに向けている目を一向に上げようとはしなかった。
「あのような魅力あふれる女性には、余は会ったことがない。美の女神のように美しく、それでいて・・・。」
ディオマルクは思い出し笑いを漏らした。
「晩餐会でのあの姿。実に可愛らしく楽しい女性だ。そなたも惹 かれぬはずはないと思ったのでな。そなたが特別な感情をもって好みそうな女性だと。幼馴染 みの直感というものだ。」
思わず、勝負から気が逸 れた。出会ってからというもの、確かに彼女のことを意識し続けている自分の気持ちには気づいている。ギルはこの時、胸に手を当てて、それをじっくりと整理してみたくなった。初めて抱くような、よく分からない、そんな落ち着かない気持ちを。
その心情が見てとれて、ディオマルクは駒を動かしながらふっと笑った。
「ところで、あのリューイという青年だが・・・彼は何者なのだ。余は危うく幼き日の少年に逆戻りするところであった。」
ギルは声を上げて笑った。
「そなたがまともに彼の相手をしている姿は、なかなか滑稽 だった。彼のあの言動は、そなたをからかったものではないから安心いたせ。あのナイルという仔象のことは、まことの大真面目 な話だ。」
「彼のあの羨 むほど無垢 な瞳を見れば、分かる。それゆえ何者だときいておるのだ。」
「あの青年は、オルフェ海沿岸のほかに人気の無い密林で、唯一身近にいたある老人に育てられた野生児なのでな。なりは立派な大人だが、中身は子供のままなのだ。それも極めて穢 れのないな。」
「それで思い出したが・・・密林の珍しい植物を、とある町の業者に売りに来る老人がいるという噂を耳にしたことがある。我々もその植物に興味を持ち、調査をしようとそこへ赴 いたのだ。あまりに危険で、あえなく断念することになったがな。あのような場所で人が生活をしているなど信じられぬが・・・もしや、その老人が彼を・・・。」
「かもしれぬな。」
ギルが駒を動かし、しばらく悩んだあと、ディオマルクもやっと手を動かして言った。
「それと・・・そなた、もう一つ隠し事がござろう。」
「・・・とは?」
「エルファラムの皇子とは、どのような関係になったのだ。」
「かの皇子を存じておるのか。」
「噂と勘 できいてみただけだ。だが、琥珀色 の髪、瑠璃色 の瞳、男にして世にも稀 な美貌。そしてエミリオという名。これらの特徴がぴったりくる人間はそうはいまい。何よりも、そなたの母クラレス皇后陛下にも似ている気がしたのでな。エミリオ皇子は、フェルミス王女(エルファラム先代皇后)によく似ているという噂だった。だが皮肉にも今、アルバドルとエルファラムは敵対する立場にあろう。ヘルクトロイの戦も起こった。なのに、どういうわけなのだ。」
「その答えは極めて簡単だ。彼は全くの別人。次に会う時に、しかと確認するといい。」
ギルは自分でもあっぱれなほど、さりげない口ぶりで言うことができた。
「嘘を申すな。」
「まことだ。」
「駒 が真実を告げてくれておるわ。見るがいい。」
ディオマルクは、今度は迷うことなく駒を動かし、呆れたと言わんばかりにため息をついてボードを指さした。
「余の勝ちだ。」
「ああ・・・。」
ギルの口から腑抜 けた声が漏れた。
いわゆる、チェックメイト。
ギルは肩をすくった。
今はギルの方が優勢。その証拠に、ディオマルクは先ほどから低く
「このままでは、余はあの
「私が勝てば、おとなしく
「そのように聞こえたか? 余は、そなたの方から頼むことをしてもらえるか否か、それ以上を口にした覚えはないが。」
ディオマルクは、わざと白々しくそう言った。
ギルは、なんて無意味な勝負に乗ってしまったのかとがっかりしたが、ファライア王女を思うと、どっちつかずになってしまった自分の気持ちを、この勝負の
「・・・まあいい。ならば、一つ警告しておこう。バラの花には棘がある。彼女の場合は、下手をすると実際肌身にかなり
「と、申すと・・・。」
「彼女は戦士なのでな。それも、腕は見上げるほど確からしい。」
「なんと、まことか。なるほど、
「権力にものを言わせず、
そうはさせるかとここへ来たはずのギルだったが、思い直して、気付けばそんな返事をしていた。
「本心のつもりか。」
「なぜ。」
ディオマルクはギルの顔をうかがったが、ギルの方はボードに向けている目を一向に上げようとはしなかった。
「あのような魅力あふれる女性には、余は会ったことがない。美の女神のように美しく、それでいて・・・。」
ディオマルクは思い出し笑いを漏らした。
「晩餐会でのあの姿。実に可愛らしく楽しい女性だ。そなたも
思わず、勝負から気が
その心情が見てとれて、ディオマルクは駒を動かしながらふっと笑った。
「ところで、あのリューイという青年だが・・・彼は何者なのだ。余は危うく幼き日の少年に逆戻りするところであった。」
ギルは声を上げて笑った。
「そなたがまともに彼の相手をしている姿は、なかなか
「彼のあの
「あの青年は、オルフェ海沿岸のほかに人気の無い密林で、唯一身近にいたある老人に育てられた野生児なのでな。なりは立派な大人だが、中身は子供のままなのだ。それも極めて
「それで思い出したが・・・密林の珍しい植物を、とある町の業者に売りに来る老人がいるという噂を耳にしたことがある。我々もその植物に興味を持ち、調査をしようとそこへ
「かもしれぬな。」
ギルが駒を動かし、しばらく悩んだあと、ディオマルクもやっと手を動かして言った。
「それと・・・そなた、もう一つ隠し事がござろう。」
「・・・とは?」
「エルファラムの皇子とは、どのような関係になったのだ。」
「かの皇子を存じておるのか。」
「噂と
「その答えは極めて簡単だ。彼は全くの別人。次に会う時に、しかと確認するといい。」
ギルは自分でもあっぱれなほど、さりげない口ぶりで言うことができた。
「嘘を申すな。」
「まことだ。」
「
ディオマルクは、今度は迷うことなく駒を動かし、呆れたと言わんばかりにため息をついてボードを指さした。
「余の勝ちだ。」
「ああ・・・。」
ギルの口から
いわゆる、チェックメイト。
ギルは肩をすくった。