20. 偽物

文字数 2,118文字

 昼間なら素敵に輝いているかもしれなかったが、今のファライアには、この場所は陰気に思えた。

 ここは、頭上に星空を眺めることができる閑散とした川のほとり。目の前には、エミリオの広い背中だけがある。彼に誘われるままに付いてきたものの、黙って立つその背中からは何か張り詰めた緊張感が感じられるので、ファライアはしばらく声をかけることもできなかった。

 それというのも、ここへ連れ出されて来る前のこと。

 カイルとミーアはもう眠っていて、リューイと、そしてなぜか兄まで周辺の見回りに出ていった。それからしばらくして、エミリオから突然、こんなことを言われたのである。

「不安でなかなか眠れないのでは。星空でも眺めに、川の方まで歩いてみませんか。」と。

 離れてもいいのかしらと、ファライアは少し戸惑いながらもエミリオを信じて従った。何か妙だと気になっていたこともあり、もしあの場では話せないことができたのなら、その説明があるはずだと思ったから。

 エミリオはやっと振り向いて、月明かりに照らされた心細そうな顔のファライアを見ると、優しく微笑した。

「不可解に思われたことでしょう。ええ実は、ここへは事前の打ち合わせによって連れ出しました。ディオマルク王子も承知です。」
「じゃあ・・・見回りというのは・・・。」
「はい・・・今、王子とリューイは、私たちのすぐそばに。」
「一体どういうことですの。」

 エミリオはファライアを見ているふりをしながら、実際には、訳が分からず困惑している様子の彼女の肩越しを見ていた。この時、その目は(するど)くきらめいた。

「じきに分かります。王女様・・・」
 エミリオはさりげなく、一瞬、人差し指を唇に当ててみせる。
「あの二人が来たようですよ。」

 エミリオは自然な動きでファライアに近づき、隣に立った。だが小川の方を向いていながら、抜かりなく背後をしっかりと意識している。

「何に気付いてもそのままで。私を信じて。」

 エミリオが言った〝あの二人〟といのが、どうも兄とリューイではないということを、ファライアはやっと理解した。そこで少しだけ彼の横顔を見上げたが、不安そうにうなずいたあとは、ただ言われた通りにした。

 エミリオは、迫り来る確かな殺気を感じ取った。背負っていた大剣はすでに(さや)ごと外して、暗闇の中さりげなく握りしめている。

 やがて、思った通りに気配は近づいてきた。忍び寄られるかとも考え、あえて(すき)を与えて振り向かずにいたが、普通に歩いてくる。足音を上手く消すのは難しいと判断したのだろう。そこで顔を向けてみれば、薄暗くしているランタンの灯りで見えた顔は、イアンだ。
 
「エミリオ殿、ディオマルク王子がお戻りになり、話があると探していました。ファライア王女は、セルニコワの近衛兵(このえへい)であるこの私が御供(おとも)いたしますので、どうぞ行ってきてください。」

 そう伝えて微笑したイアンは、ゆっくりと距離をつめてきた。ならば・・・エミリオは(いぶか)りながらも顔に出さず、機会をうかがう。

「分かりました、では王女をお願いします。」
 
 エミリオも笑顔で答えてファライアから離れる素ぶりをみせた。だが突然、すれ違いざまに素早く腕を伸ばし、イアンの右腕を強く引き寄せる。その拍子にキラリと光って足元に落ちたのは、短い刃物だ。

 驚いたファライアは、よろけながら二、三歩(あと)ずさった。

「そうくると思っていた。」
 イアンに厳しい眼差しを向けたエミリオは、低い声で言った。
「なに・・・!」
 腕を振りほどこうとするイアンを、エミリオはパッと解放して言葉を続ける。
「ここへ来て、そう言ってくるだろう状況をつくりだした。早く正体を確認したくてね。」 
「くそっ!」

 すると次の瞬間、イアンが使い慣れない長剣を引き抜き、やぶれかぶれに斬りかかってきた。
 それを、エミリオは(さや)付きの剣で容易(たやす)(はじ)き返した。
 直接当たったわけでもないのに、腕が(しび)れるほどの凄まじい衝撃を受けて、イアンはその剣をも耐え切れずに落としてしまった。

 その時、近くの暗い岩陰からアルフが飛び出してきた。イアンと同じ抜き身の剣を握りしめているが、アルフは(あせ)ったはずみで思わず出てしまったことを後悔することに。

 幅広(はばびろ)の大剣を片腕で構え、堂々と立っている美貌の剣士は、それだけで腰を抜かしそうになるほどの物凄い貫禄(かんろく)を放っているのである。

「あなた方に、王女の暗殺命令まで下されてはいなかっただろう。任務は経路に手がかりを残して誘導すること。ところが影武者が使われ二手に分かれた。私一人なら、二人がかりでやれば倒せると思われたか。さらなる手柄を立てようと?」

 声は驚くほど(おごそ)かで、突然人が変わってしまったよう。戦う時、エミリオは(おだ)やかで優雅な美青年から、厳格な屈強(くっきょう)の戦士にさっと切り替わる。口調も知らずと皇子と呼ばれていた頃に戻ってしまうことがあった。

 エミリオは大剣の(さや)を振り払い、言った。
「早まってくれたのは幸いだ。」

 こいつをみくびっていた・・・と、びくびくしながらもイアンとアルフは剣を構え直した。もう素人にだって分かる。二人がかりでも(かな)うまい。

「止めとけよ。そいつはたぶん、セルニコワの用心棒よりも強いぜ。あんたらが化けたな。」



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