22.山岳オアシスの襲撃

文字数 1,996文字

 影武者とその護衛部隊一行(いっこう)は、午後の光が照らす道を用心深く進んでいた。ここは砂漠のオアシスとはいえ、植物は砂地(すなち)砂岩(さがん)の地面から生えていて、実際には礫砂漠(れきさばく)の中にある荒野だ。ここでは背の高いヤシやそのほか乾燥に強い樹木がまばらに突っ立ち、前方には、人が身を潜めるとしたら都合のよさそう岩場がある。

 周囲の様相をうかがいながら、隊を率いるレッドはますます警戒した。胸騒(むなさわ)ぎがする。道から外れた場所にある無数の奇岩の陰や、低い茂みの後ろ・・・そこから、この通り道を見張ることもできそうだ。ここは襲撃ポイントの一つといえるだろう。

 そして間もなく、聞き耳を澄ましているギルとレッドは、一緒にため息をついた。しかし、この嫌な感じがそうなら、これは待ち伏せだ。向こうの指揮官の山が当たったか、あるいは情報が洩れていたか・・・。

 そもそも、だだっ広いだけの(すな)砂漠や荒れ地の旅は、女性や子供の体力にも無理があるし、見つかりやすいという結論に至ったため、隣国セルニコワ王国を目指して抜けていける道には、選択の余地があまり無かった。

 それでも、ひとまず(おとり)作戦は上手くいっている。

 レッドは、後ろにいるシャナイアを肩越しに見た。王女に化けたシャナイアは、控えめな装飾と目立たない色の王家の駕籠(かご)の中にいる。

 やがて一行は、殺伐(さつばつ)とした空気をはらむ山岳(さんがく)(すそ)に来て速度を落とした。あとに続いている者たちも気づいて静かに武器に手をかけ、臨戦態勢に入っていた。このまま進めば戦いになるという予感が、徐々に確信に変わる。

「迎え撃つほかなさそうだが。」

「ああ。話し合えるチャンスがあればいいが ―― 。」

 いきなりギルが身を(おど)らせた。顔があったところを、刹那(せつな)に何かが(かす)め過ぎる。

 何かと確認するまでもない。驚く間もなく、そばから立て続けに悲鳴が上がったからだ。

「前方、右手から矢の敵襲(てきしゅう)!隠れろ!」
 ギルは鋭い声を張り上げた。

 駕籠(かご)(にな)い手は射程から逃れようと急いで道から外れ、ほかの隊員もみな低い茂みを押し分けて、奇岩の陰や木の後ろに姿を消した。

「くそ、撃ってきやがった。これじゃあ説得する前に犠牲者が。」
「どうせ指揮官は向こうだろう。今回、話し合うのは無理だな。」

 ギルとレッドが早口で言葉を交わしているうちにも、岩山の上にぞろりと姿を見せた刺客(しかく)の部隊が、弓を引きしぼって次々と攻撃をしかけてくる。

「危ない!」
 レッドが怒鳴った。

 二人は左右に分かれて地面に身を投げ出し、突如(とつじょ)放たれた二度目の矢を辛うじてかわした。矢は直後に、二人の背後にあったヤシの(みき)に突き刺さった。

 すっくと立ち上がったギルは、忌々(いまいま)しげにその矢を引き抜く。
猪口才(ちょこざい)な。」
「言ってる場合か。」
 レッドは、しきりに手で隠れろという仕草をしながら注意した。

 そのあいだにも先手をうたれた射撃は次第に勢いを増し、ひっきりなしに向かってくる。二人の方へもまた次の矢がすぐに襲ってきたが、ギルはそれを呼んでいた。

 ヤシの木を(たて)にしてサッと身を隠したギルは、「おい、そこの君。」と、近くにいた若い弓兵に呼びかけ、「貸してくれ。」

 有無を言わせず彼の弓を奪ったギルは、引き抜いたばかりの矢の(やじり)を確認した。まだ利用できる。ギルは矢筈(やはず)をつがえて構えた。

 その若い弓兵は、されるまま唖然(あぜん)と見ているばかりだ。

「何する気だっ。」
 想像はつくがレッドは言った。

 レトラビアの任務で同じような襲撃を受けた時は、奇襲に向かうあいだ気を引きつけさせる目的もあったので当たらなくてもよかったが、ギルは本気である。狙いを定めている間に、狙い撃ちにされる。

「いいから、見てろ。」
 ギルはそれをものともしない口調で言うと、相手に標的にされないうちに、なんと一瞬で狙いを定めて矢を放った。
「きさまらの矢だ、返すぞ。」

 ギルが皮肉たっぷりにそう吐き棄てると同時に、射手の一人が岩場から転げ落ちるのが見えた。

「次っ。」

 ギルは弓を借りた若い兵士に手のひらを見せる。矢をくれと言っているのだが、ギルの見事な腕前に見惚れていたせいで、一瞬、理解が遅れる。だがすぐに我に返ると彼は矢筒(やづつ)ごと差し出した。

「ど、どうぞ。」

 ギルは相手が混乱しているうちに次々と矢を放ち、それらは(ことごと)く敵を射止(いと)めた。寸分(すんぶん)の狂いもない命中率は、敵だけでなく味方の兵士たちの度肝をも抜いた。これで岩場からの気配は無くなった。しかしこちらも、すでに何人もの味方が矢に倒れている。

「なんて男だ。」
 今更ながらレッドも仰天(ぎょうてん)して言った。
「来るぞ。」
「分かってる。」

 その短いやり取りのあと、ずっと気配を感じていた岩陰(いわかげ)(しげ)みから、ワッと押し寄せる敵の部隊。ダルアバスの兵士たちが剣を引き抜きながら急いで道へ戻ると、やや離れた窪地(くぼち)からも敵が()い上がってきた。

 レッドは、ここで笛を鳴らした。

 ピイーッ・・・!

 耳をつんざく甲高い音が遠くまで突き抜けていった。




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