24.操霊術
文字数 2,138文字
空を漂 う雲の切れ目に一番星が現れ、辺りが暗くなってきたかと思うと、間もなく夕闇に包まれた。一行 は、背の低いヤシの木が群生 している方へ無理に分け入り、小川の方へ下りて行った場所に見つけた洞窟を今夜の寝床に決めると、手際 よく夕食を取った。
あとは眠るだけとなった今は、見張りの兵士と、水を汲みに行った一人以外の者はみな集まって、静かに体を休ませている。
「ラステルがまだ戻らぬようだが。」
洞窟の入口から外を見ていたディオマルクは、見張りが交代するタイミングで戻ってきた兵士にそう尋 ねた。ラステルは、水を汲んで来るよう頼んで小川の方へ向かわせた近衛騎士 だ。
それを聞いていたギルも首をひねった。
「そういえば、水を汲みに行ってからだいぶ経つな。こんな暗がりで泉でも探してるのか。」
「カイル・・・。」
突然の緊迫した声に、その場が静まりかえった。
声を上げたのは、エミリオだ。
「うん、分かってる。今度こそ僕の出番みたいだね。」
カイルとエミリオは、ディオマルク王子のわきを通って外へ出た。
灯りは身のまわりを照らす程度にとどめられ、砂漠地帯に生息する夜行性の生物の気配もわからず、風も吹かない夜。暗くてほとんど見通すことができなくなったヤシの群落 から、潤 う川の水音だけをかすかに聞きとれる。
やや虚空 を見上げたカイルは、そのまま首を右に左にゆっくりと動かしている。なにかを探るようにして。
それをディオマルクは不思議そうに見ていたが、やがて声をかけずにはいられなくなった。
「なにを・・・している?」
「あとで説明します。見てれば分かるけど・・・。」
不安になったファライアが兄に駆け寄り、ギルとレッドも警戒しながら外へ出た。経験上、こういう時にはカイルのそばにいた方が無難だ。そう分かっているリューイも、そしてシャナイアもミーアの手をとってあとに続いた。その行動につられるようにして、ほかの者たちもひとまず洞窟の外へ。
「みんな・・・来るよ。」
カイルのその言葉は合図でもあった。エミリオ、ギル、レッド、リューイ、そしてシャナイアの五人が、急に険しくなった顔でサッと身構えたのである。
「何が起こるというのだ。」
ディオマルクが驚いて問う。
「俺にもはっきりしたことは言えないが、とにかく周りに気をつけてください、王子。何がどこから出てくるか・・・分からない。」
今は気持ちに余裕がなく中途半端な敬語でそう答えてから、ギルはただ唖然としているだけの兵士たちにも鋭い声で命令した。
「ほかの者も用心しておけ。」
その時、ギルが持ち出したランプのおぼろげな明かりの中に、人の姿をしたものが入ってきた。その恰好 は水汲みに行っていたラステルのようだ。
だが目を向けた瞬間、ディオマルクはゾッとした。うつむいて生気 がない・・・。
「お兄様、ラステルが戻ってきましたわ。ラステル、早く ―― 。」
「待て、ファライアッ!」
あわてて手を伸ばしたディオマルクだったが、不意に離れた妹の手をつかみ損 ねた。
まさに精神統一に入る矢先 ―― 。
「その人はダメだよ!」
怒鳴るようなカイルの声が響いた。
ラステルがファライア王女に武器を向けたのと、ほぼ同時の出来事だった。だが、いち早く異様なものに気付いていたエミリオがすでに動いていたおかげで、間一髪、様子がおかしいラステルの動きを阻 むことができた。王女の腕を引き寄せながら、エミリオはラステルが突き出した剣を弾き返していたのである。すると、ラステルは狂ったかのように豹変。とたんに身を躍 らせ、獣のように王女に襲いかかろうとしたのを、今度はリューイが素早く取り押さえた。
「リューイ、そのままその人をしっかり捕まえてて。」
ラステルの額 の前に指を走らせながら、カイルは黄泉 の呪文を唱える。
濁 った眼で絶叫を上げるような顔をしたラステルは、ほどなくぐったりとうなだれて動かなくなった。
羽交 い絞めにしているラステルの体が、たちまちズシリと重くなる。彼の体重をそっくり持ち上げているような気がして、リューイは戸惑いながら顔をのぞき込み、そしてカイルに目を向けた。
「お、おい、カイル・・・。」
「その人は、戻ってくる前から死んでたよ。殺されて・・・魂を操られてた。」
カイルは辛 そうに目を伏せて告げた。
「なんてひどいことを・・・。」
震える声でそう呟 いた妹に、ディオマルクが両腕をそっとまわした。ラステルはファライア王女と歳が近く、近衛騎士の中では最も若い従者だった。
「シャナイアが偽物 ってだけでなく、王女の居場所までバレたな。」
レッドが苦い表情で言った。
その時、枝葉 の隙間 からポツリポツリと落ちてきた雨。さらに足元は何か異様にひんやりとし始め、ギルやレッドは剣の柄 に手をやりながらも、これから始まる戦いはカイル一人のものになる・・・と予感した。
そのカイルは、やはり険しい顔をくずさない。嫌な気配をひしひしと感じているように見える。
まだ続いているこの緊張感の中、今度は青白い霧状のものが暗闇の中から忍び寄るようにして現れた。それは水音がする方から生き物のようにすうっと伸びてきて、見る間に当たり一面を染め始めた。
「早く、向こうの呪術を絶たなきゃあ・・・。」
あとは眠るだけとなった今は、見張りの兵士と、水を汲みに行った一人以外の者はみな集まって、静かに体を休ませている。
「ラステルがまだ戻らぬようだが。」
洞窟の入口から外を見ていたディオマルクは、見張りが交代するタイミングで戻ってきた兵士にそう
それを聞いていたギルも首をひねった。
「そういえば、水を汲みに行ってからだいぶ経つな。こんな暗がりで泉でも探してるのか。」
「カイル・・・。」
突然の緊迫した声に、その場が静まりかえった。
声を上げたのは、エミリオだ。
「うん、分かってる。今度こそ僕の出番みたいだね。」
カイルとエミリオは、ディオマルク王子のわきを通って外へ出た。
灯りは身のまわりを照らす程度にとどめられ、砂漠地帯に生息する夜行性の生物の気配もわからず、風も吹かない夜。暗くてほとんど見通すことができなくなったヤシの
やや
それをディオマルクは不思議そうに見ていたが、やがて声をかけずにはいられなくなった。
「なにを・・・している?」
「あとで説明します。見てれば分かるけど・・・。」
不安になったファライアが兄に駆け寄り、ギルとレッドも警戒しながら外へ出た。経験上、こういう時にはカイルのそばにいた方が無難だ。そう分かっているリューイも、そしてシャナイアもミーアの手をとってあとに続いた。その行動につられるようにして、ほかの者たちもひとまず洞窟の外へ。
「みんな・・・来るよ。」
カイルのその言葉は合図でもあった。エミリオ、ギル、レッド、リューイ、そしてシャナイアの五人が、急に険しくなった顔でサッと身構えたのである。
「何が起こるというのだ。」
ディオマルクが驚いて問う。
「俺にもはっきりしたことは言えないが、とにかく周りに気をつけてください、王子。何がどこから出てくるか・・・分からない。」
今は気持ちに余裕がなく中途半端な敬語でそう答えてから、ギルはただ唖然としているだけの兵士たちにも鋭い声で命令した。
「ほかの者も用心しておけ。」
その時、ギルが持ち出したランプのおぼろげな明かりの中に、人の姿をしたものが入ってきた。その
だが目を向けた瞬間、ディオマルクはゾッとした。うつむいて
「お兄様、ラステルが戻ってきましたわ。ラステル、早く ―― 。」
「待て、ファライアッ!」
あわてて手を伸ばしたディオマルクだったが、不意に離れた妹の手をつかみ
まさに精神統一に入る矢先 ―― 。
「その人はダメだよ!」
怒鳴るようなカイルの声が響いた。
ラステルがファライア王女に武器を向けたのと、ほぼ同時の出来事だった。だが、いち早く異様なものに気付いていたエミリオがすでに動いていたおかげで、間一髪、様子がおかしいラステルの動きを
「リューイ、そのままその人をしっかり捕まえてて。」
ラステルの
「お、おい、カイル・・・。」
「その人は、戻ってくる前から死んでたよ。殺されて・・・魂を操られてた。」
カイルは
「なんてひどいことを・・・。」
震える声でそう
「シャナイアが
レッドが苦い表情で言った。
その時、
そのカイルは、やはり険しい顔をくずさない。嫌な気配をひしひしと感じているように見える。
まだ続いているこの緊張感の中、今度は青白い霧状のものが暗闇の中から忍び寄るようにして現れた。それは水音がする方から生き物のようにすうっと伸びてきて、見る間に当たり一面を染め始めた。
「早く、向こうの呪術を絶たなきゃあ・・・。」