30.休める場所へ ー 2

文字数 1,530文字

 ギルは、左の前腕をひどく痛めている傷に、ひとまずタオルを巻きつけた。片手しか使えないので、当然うまくはいかない。それでもどうにか血をおさえることができると、シャナイアの体を慎重に抱き起こした。それから意を決して、そろそろと手を伸ばし、彼女が着ているものを上になっているものから順に剥がしとっていった。

 この間に、もし彼女が目を覚ましたら、どうなるか・・・と、ギルは思って、考えるのも恐ろしくなった。だが、彼女は一向に気付く様子もなく、ぐったりとしている。
 いよいよ下着・・・ギルは、肩紐を下ろそうとしている自分の指を見つめて、思わず息を止めた。認めてはいけないと押さえつけていた感情が、とうとう頭をもたげ始めたからだ。

 胸が熱い。鼓動(こどう)が聞こえる。もう、抱いてしまいた・・・。

 ギルはあわてて首を振った。俺は今、心で何をつぶやきかけた・・・? と気付いて、自身に言い聞かせる。女性の体なら見慣れている。見慣れてはいる・・・が・・・。 
 再びシャナイアに視線を戻して、着衣を下着に至るまでどうにか全て脱がし終えたギルは、そこで、悩まし気にため息をついた。これは無かった・・・と。

 薄暗い照明と暖炉の炎に照らされた裸体は、いかにも強い女性らしく健康的で、ハリもあって(つや)っぽい。むしょうに撫でまわし()でたくなる、自然なままでありながらとても魅力的な肢体。宮廷淑女(しゅくじょ)たちの手入れが行き届いた完璧な肌が、なんとつまらないものかと思う。

 本当にマズい・・・これはマズい。

 ギルは必死に性欲を閉じ込め、さっさと終わらせてしまおうと、あさっての方を向きながら、シャナイアの髪やら体を広げたシーツの上でパパッと拭いた。そうしながら、人の気も知らないで、まだ安らかに気絶している彼女には、一言(ひとこと)言いたくなってしまった。これこそ一種の拷問に近い。

 ギルは参りながら、すぐに下にしたシーツを巻きつけてやり、シャナイアをベッドへ運んだ。

「いくらでも殴られてやるから・・・まさか、殺されないだろうな。」

 ギルは冗談をつぶやいた。今までの状況から変に誤解されることはなくても、勝手に服を脱がして無断で裸を見たわけなのだから、いっきに気まずくなる恐れはある。その時、むしろとっさに平手打ちの一発でもきめてくれれば、沈黙よりは会話がしやすくなるだろう。

 そんなことを考えながら、ギルは、毛布を敷いたベッドの上にシャナイアを横たえた。ところが、ずっと気を失ったままの彼女の顔に魅せられ、そのまましばらく目を奪われてしまった。

「本当に美しいな。女神のようだ・・・。」 

 ギルは、彼女の体に(あせ)っていい加減に巻きつけたシーツの胸元を気にして、掛け布団をそっと肩まで引き上げた。

 ギルはやっとシャナイアのそばを離れると、その場に置きっぱなしにしている彼女の衣服も忘れず、それを拾い上げて干しに行った。

 ギルがそう忙しく動き続けている一方で、一緒についてきたキースは、ずっと暖炉の前で丸くなっている。

 今度は、棚の扉や引き出しを開けて何かを探し回っていたギルは、キースのことも忘れてはいなかった。その手には、薬箱らしきものとタオルが。キースは、それで毛皮を丁寧に拭いてもらい、それなりの治療をしてもらった。川岸から道の無い場所を無理にやって来させたせいだろう。キースは前後の足にいくつもの(かす)り傷を作っていたのである。

 ギルは、キースのそばに胡坐(あぐら)をかいた。
「怪我させてゴメンな・・・。」

 ギルも先ほどから度々自分の腕の血を気にしてはいるが、きちんと手当てしようにも、せいぜい無事な方の腕でタオルを押し当てるぐらいのことしかできない。無性にカイルが恋しくなって、ギルは苦笑を浮かべた。

 その時、かすかな物音(ものおと)がした。



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