35.安否
文字数 2,176文字
あのあと、昨日は結局、雨足が強くなってきたこともあって先へは進まず、岩山の目立たない場所に洞窟 を見つけた一行 は、そこで身を潜 めながら一夜を明かした。
「よく食べれるねえ・・・心配じゃないの?」
カイルが、薄情 者と言わんばかりの呪うような眼差しをレッドに向けて言った。
白々と夜が明け初 める頃、レッドは冷静を保ったまま、みなに朝食を取らせていた。何人かは、行方不明になってしまった二人のことが気になり食事が進まない様子だったが、レッドやリューイはしっかりと咀嚼 して、傍目 からは平然と食事を続けているように見受けられた。
「心配でも何でも、任務についた以上は体つくんなきゃあならねえんだ。お前もこの前みたいなことになって、〝力が出ないよ。〟なんてほざいても承知しねえからな。ちゃんと食っとけ。」
「レッドのバカッ!」
ミーアは両手のげんこつを代わる代わる、ポカスカとレッドの背中に叩きこんだ。
「こ、こらミーアッ。」
レッドは、ガバッと少女を小脇にかかえる。
「カイルもミーアも、二人が生きていると信じているからこそ、こうやって食事ができるんだよ。」
まるで親子か兄妹のような二人に苦笑を向けながら、エミリオが穏やかな声で言い聞かせた。
「そうなの?」
片腕でかかえられたままのミーアは、まだ疑わし気にレッドを見上げている。
「分かったら、ちゃんと食べるんだ。」
そのままミーアを膝 に座らせたレッドは、乾し果物の欠片 を可愛らしい小さな口に突っ込んだ。
「さあ、ファライアも。」と、ディオマルクも無理にでも食べるように促 した。切り分けた干し肉を、従者に任せず自らパンに挟んだサンドイッチを差し出しながら。
ひどく浮かない顔で食事が手につかないファライアも、兄から直接手渡されると何も言わずに受け取った。
するとリューイが、固焼きパンをくわえながら言ったのである。
「それにいいこと教えてやろうか。」と。
リューイは、口の中のものをごくりと飲み下 してから話を続けた。
「キースがまだ戻らないだろ。二人は生きてるよ。キースが戻ってくる時は、死んでいた場合の報告か、助けが必要な時だ。まだ戻らないってことは、助けも必要ないんじゃないか。夕べもまた雨が降り出したから、一緒に雨宿りでもしたんだろ。もうすぐ二人を連れて俺たちの後を追ってくるはずさ。ただ、すぐに追いついてこられるかまでは約束できねえけどな。」
「そっか!」
一瞬ホッとしたカイルだったが、医師として気になることがある。
「でも、腕の傷ひどいんだよね?ちゃんと手当てなんてできないだろうし・・・。」
「ニルス(※)でもあの男は耐えたんだから、岸に上がれりゃ自分で何とかしてるだろ。それより、また雨が激しく降っていたし、おかげでひどく冷えたからな。まさか凍え死んではいないだろうが、二人とも濡れた体で夕べはどうやって・・・。」
レッドは、ふと思って言葉を切った。それからつい、エミリオやディオマルクと視線を交わし合ったが、目が合っておきながら誰も何も言わず・・・。
「出発・・・しようか。」と、レッドは話を変えた。
「えっ、探しに行かないの!?」
カイルが戸惑ってせがむような目を向けてきたが、レッドはさっさと食事の片付けを始めている。
「王女を、一刻も早くセルニコワへ無事お送りする方が先だ。」
なんとも事務的な口調で、レッドは言った。傭兵部隊を任された責任者でいる時と同じ態度だ。
「それに行く先も分かっているし、キースもいる。俺たちの方があいつらを探す術 がないんだぞ。こっちがうろうろしてどうする。」
こういう状況では、誰よりもレッドはそれに慣れていて頼りになる存在であり、そしてエミリオもディオマルクも、そのことを理解していて意見することはなかった。
リューイは二人が無事だという確信と、あとはキースに任せたという信頼心が強かったので、言うことなど何もない。
だが、さすがに自責の念にかられているファライアは、そう言われても落ち着くことができなかった。
「では、もう少しここで待ちましょう。わたくしからもお願いしますわ。」
「王女、聞いてください。」
荷造りする手を止めてファライア王女と真正面から向かい合ったレッドは、きっぱりと言った。
「私たちにも危険が迫っているのです。」
そう、標的 と共にいる者たちにも命の危険は及ぶ。その意図と同時に、彼の苦渋に満ちた表情から、ファライアは彼の本心を読みとって黙った。行方が分からない二人が心配で仕方ないのは、彼も同じ。
「彼の言う通りだ、ファライア。」
ディオマルクは妹の肩に手を置いた。
「いいかい、彼らがはぐれてしまったことで、こちらの戦力は激減してしまった。更にこれまでの戦いによって、敵は万全を期すだろう。敵にとっても、今日が最後になるのだから。」
「お兄様・・・。」
「我々が彼らのためにとるべき道は、今彼らを待つことではなく、一刻も早くセルニコワ王国へたどりつき、一刻も早く捜索部隊を出してもらえるよう頼むことだ。迎えの者に出会えたら、真っ先にそのことを伝えるのだよ、いいね。」
「え、ええ!もちろん、もちろんですわ!」
ファライアは強くうなずき返した。
そうして間もなく、一行は瑠璃 色の夜明けと共に出発した。
※ 参照『アルタクティスⅢ ~ 白亜の街の悲話 ~』―「56.ソナタヲ導ク」~
「よく食べれるねえ・・・心配じゃないの?」
カイルが、
白々と夜が明け
「心配でも何でも、任務についた以上は体つくんなきゃあならねえんだ。お前もこの前みたいなことになって、〝力が出ないよ。〟なんてほざいても承知しねえからな。ちゃんと食っとけ。」
「レッドのバカッ!」
ミーアは両手のげんこつを代わる代わる、ポカスカとレッドの背中に叩きこんだ。
「こ、こらミーアッ。」
レッドは、ガバッと少女を小脇にかかえる。
「カイルもミーアも、二人が生きていると信じているからこそ、こうやって食事ができるんだよ。」
まるで親子か兄妹のような二人に苦笑を向けながら、エミリオが穏やかな声で言い聞かせた。
「そうなの?」
片腕でかかえられたままのミーアは、まだ疑わし気にレッドを見上げている。
「分かったら、ちゃんと食べるんだ。」
そのままミーアを
「さあ、ファライアも。」と、ディオマルクも無理にでも食べるように
ひどく浮かない顔で食事が手につかないファライアも、兄から直接手渡されると何も言わずに受け取った。
するとリューイが、固焼きパンをくわえながら言ったのである。
「それにいいこと教えてやろうか。」と。
リューイは、口の中のものをごくりと飲み
「キースがまだ戻らないだろ。二人は生きてるよ。キースが戻ってくる時は、死んでいた場合の報告か、助けが必要な時だ。まだ戻らないってことは、助けも必要ないんじゃないか。夕べもまた雨が降り出したから、一緒に雨宿りでもしたんだろ。もうすぐ二人を連れて俺たちの後を追ってくるはずさ。ただ、すぐに追いついてこられるかまでは約束できねえけどな。」
「そっか!」
一瞬ホッとしたカイルだったが、医師として気になることがある。
「でも、腕の傷ひどいんだよね?ちゃんと手当てなんてできないだろうし・・・。」
「ニルス(※)でもあの男は耐えたんだから、岸に上がれりゃ自分で何とかしてるだろ。それより、また雨が激しく降っていたし、おかげでひどく冷えたからな。まさか凍え死んではいないだろうが、二人とも濡れた体で夕べはどうやって・・・。」
レッドは、ふと思って言葉を切った。それからつい、エミリオやディオマルクと視線を交わし合ったが、目が合っておきながら誰も何も言わず・・・。
「出発・・・しようか。」と、レッドは話を変えた。
「えっ、探しに行かないの!?」
カイルが戸惑ってせがむような目を向けてきたが、レッドはさっさと食事の片付けを始めている。
「王女を、一刻も早くセルニコワへ無事お送りする方が先だ。」
なんとも事務的な口調で、レッドは言った。傭兵部隊を任された責任者でいる時と同じ態度だ。
「それに行く先も分かっているし、キースもいる。俺たちの方があいつらを探す
こういう状況では、誰よりもレッドはそれに慣れていて頼りになる存在であり、そしてエミリオもディオマルクも、そのことを理解していて意見することはなかった。
リューイは二人が無事だという確信と、あとはキースに任せたという信頼心が強かったので、言うことなど何もない。
だが、さすがに自責の念にかられているファライアは、そう言われても落ち着くことができなかった。
「では、もう少しここで待ちましょう。わたくしからもお願いしますわ。」
「王女、聞いてください。」
荷造りする手を止めてファライア王女と真正面から向かい合ったレッドは、きっぱりと言った。
「私たちにも危険が迫っているのです。」
そう、
「彼の言う通りだ、ファライア。」
ディオマルクは妹の肩に手を置いた。
「いいかい、彼らがはぐれてしまったことで、こちらの戦力は激減してしまった。更にこれまでの戦いによって、敵は万全を期すだろう。敵にとっても、今日が最後になるのだから。」
「お兄様・・・。」
「我々が彼らのためにとるべき道は、今彼らを待つことではなく、一刻も早くセルニコワ王国へたどりつき、一刻も早く捜索部隊を出してもらえるよう頼むことだ。迎えの者に出会えたら、真っ先にそのことを伝えるのだよ、いいね。」
「え、ええ!もちろん、もちろんですわ!」
ファライアは強くうなずき返した。
そうして間もなく、一行は
※ 参照『アルタクティスⅢ ~ 白亜の街の悲話 ~』―「56.ソナタヲ導ク」~