33.煉瓦小屋の一夜 ― 2

文字数 1,507文字

 意識が宙を(ただよ)うような状態だった。

 だが最後は忘れず彼女の髪を撫で、ほほ笑みを浮かべて(ひたい)接吻(くちづけ)を。それから限界がきて(ひじ)をついたとたん、ギルは彼女の隣に崩れ落ちた。

 シャナイアは、今、仰向(あおむ)けに寝転んだ彼の上に体を(あず)けた。

 自身も戦士であるだけに、シャナイアがこれまで心を許すことのできた相手は、みな(きた)え抜かれた男ばかりだった。ただギルは、仮にもアルバドル帝国、君主の息子という高貴な身分。それなのに ―― あるいは、だから ―― 刃広(はびろ)の大剣を自在に振り回すことのできる強い力を持ち、そのうえ背筋(はいきん)の盛り上がりにまで、(たくま)しさだけでなく色気さえ感じる。

 そんな彼の体にシャナイアはついうっとりとし、彼女のその誘い込むような表情がまたたまらず、ギルも見惚(みと)れて呆然となった。

「とても皇子様とは思えないわ。」
 シャナイアは、ギルの肩に(ほお)をすり寄せてつぶやいた。
「何が?」と、彼女の背中に両腕を回してギルはきいた。
「だって・・・。」
「ああ・・・。」

 今、裸で抱き合っているという状況を考えれば、察しはついた。体つきのことだ。

「レッドやリューイには負けるよ。」
 ギルは(ゆが)んだ笑みを浮かべ、素直な口ぶりで答えた。

「あの子たちはそういう生き方してきたから当然だけど・・・。」

「俺の場合は、幼い頃から父親に(きた)えられていたおかげだな。父はもともと兵士だったんでな。馬や弓の扱い方など、いろいろ教わったよ。戦い方も・・・。俺には、エミリオの体格の方が不思議だがな。あいつ、いつから(きた)えてたんだろう・・・。あの体は、正真正銘、何年もかけてつくり上げてきたものだ。俺たちにひけをとらないのが、その証拠だ。」

「そうよね。だっ皇子様ってゆうのは、普通はずっと周りに守られて宮殿に・・・」

 言おうとして、シャナイアはハッと言葉を呑み込んだ。そして、小さな暖炉が懸命に炎を上げているだけの、この粗末な煉瓦(れんが)小屋の中を見回して、突然、痛切な気持ちに駆られた。

 確かに彼は手馴れていた・・・と、シャナイアは気付いた。(たく)みだし、丁寧に快楽へと連れていってくれる。彼はきっと、皇宮などの豪華な寝室で、何度もこういう行為をしてきたのだろう。

 そして相手は・・・。

 一方ギルも、シャナイアの言葉にハッとしていた。エミリオは、周りが守りきれないほどの危険に子供の頃から(さら)されていたのか・・・。だが、それに真っ先に気付いたのは、恐らく皇帝ではないだろう。護身として剣術を学んでいるのは当然だが、あの強さは普通じゃない。だとすると、大佐か将官クラスの誰かが、いち早くエミリオの行く末を予測して、あいつを(きた)え上げてきたということか・・・。

 ギルはシャナイアを大切そうに腕に抱いておきながら、しばらくそう違うことを考えていたが、ふと、彼女が途中で黙り込んでしまったということに気付いた。

「シャナイア?」
「え・・・。」

 彼の声に驚いたというように、シャナイアは顔を上げた。そして、無理に作り笑った。

「何を言おうとしたんだい。」
「忘れちゃった・・・ごめんなさい。」

 あどけない表情でそう言ってみせた彼女に、ギルはこれまでで最高の(ほほ)笑みを返した。

「愛してる・・・やっと言えた気がするよ。」

 ギルは彼女の頭に手を回して、また一つ軽いキスをした。

 彼の言葉は正直嬉しかったが、乗り気にならなくなったシャナイアには、それもまたいかにも手慣れた感じに思えて、嫌な想像と悲しみを(あお)られるばかり・・・。

 シャナイアは、ギルの肩に頭をつけてしがみついた。それに応えるようにギルは笑顔を向けてやり、亜麻色(あまいろ)の髪を()でた。だが二度だけだった。それだけで、ギルはほどなく、その(まれ)青紫(あおむらさき)の瞳を閉じてしまった。



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