8. ディオマルク王子と仔象 

文字数 2,008文字

 回廊まで出て来た王子に気付くと、ナイルは待ちかねたというように簡単にリューイのそばを離れた。そして、王子のもとを目指して軽快に歩いて行く。

「待たせて済まぬ。この(ゾウ)が何か?」

 ディオマルク王子は、愛想よく近寄ってきたナイルの脇腹を優しく撫でてやりながら、先ほどリューイがこの仔象にかまってあげているのを見ていたので、まずは彼に向かってそう声をかけた。

 ほかに目を向ける前に。

「俺の友達なんだ。ナイルって呼んでた。」
「ナイル?」

 王子が不思議そうにリューイを見てその名を繰り返すと、そうだという返事のしるしに、隣でナイルが軽く鼻を上げた。

「そうか。それで名前をつけて呼んでも反応しなかったのか。この子は私に呼ばれて来るのではなく、いつも私を見てそばへ来てくれるのだ。」
「けど、あんたに(なつ)いてるみたいだ。」と、リューイは納得のため息をついた。
「アースリーヴェの樹海で、この子に気づかず我々の流れ矢を当ててしまい・・・それで、治療のために連れてきた。君の親友だったとは、知らずに申し訳ないことをした。しかし、今は余にとっても大切な友達なのだ。この子には、このままここにいてもらいたいが・・・承知してくれぬか。」
「ああ。こいつが今あんたを選んだ。」

 王子に身を寄せる幸せそうなナイルの姿を、リューイは笑顔で見つめた。それに(こた)えて目を向け続ける王子の顔にも確かな愛情がうかがえる。そんなディオマルクの様子に、ギルは内心驚いていた。美女以外を好きにもなれるんだなと。

「この子はいい子だ。そんな(ひど)い目に遭わされても、余の話をいつも優しい眼差しで聞いてくれる。」
「こいつは、あんたが好きなんだな。だから、森へ帰りたがらない。」
「ナイルか、いい名だ。これからはそう呼ぼう。」

 ここで、ディオマルク王子はやっと周りにも目を向けた。
 たちまち驚いた顔になる。
 当然、ギルの顔に気付いてのことだ。
 ディオマルクは、まじまじとギルを凝視(ぎょうし)したまま、しばらく声も出なかった。

「ギルベルト・・・。」

「あの大陸最南端の秘境を、殿下も実際にご覧になったのですか。」

 気を引いた方がいいかと思い、エミリオが思いきってそう声をかけた。だがギルは、あえて顔を()らしたりしないで堂々としていた。とっさにそんなことをすれば、かえって怪しまれる。ただ、声を出すのはためらわれた。エミリオが気を利かせてくれたのは良かった。

 ディオマルクはまさかと思い、周囲も気付かないほど(かす)かに首を振った。
「ああ。早々(はやばや)と引き返す羽目になったわけだが・・・。申し訳ないが、会議が少し長引いている。今しばらく、ここでお待ち願いたい。」

 ディオマルク王子は、後ろからついてきていた二人の女性に合図を送った。今度の彼女たちは、神秘的な風景が似合う黒髪の(すず)やかな美女と、白い肌で垂れ目が可愛い(いや)し系美人だ。いずれもまた誰もが初めて出会う侍女(じじょ)である。いろんなタイプの麗人(れいじん)を取りそろえ、(はべ)らせているディオマルク王子のことを、レッドは失礼のないよう気をつけながら、観察するように見ていた。それというのも、ディオマルク王子は独身だと聞いていたが、この離宮に来て、侍女ではなく(めかけ)かと疑うような女性と多くすれちがった。王子がここへ連れて来た二人の侍女もそうだが、その誰もが目を奪われる美貌で、世話係にしては上等なドレスを()している。

 対照的な魅力をもつその侍女たちは礼儀正しく一礼すると、フルーツで飾られたグラスの飲み物をトレーから手に取り、まずはそれを早く欲しそうにしているミーアから客人たちに配っている。

 召使いだろうが娼婦(しょうふ)だろうが・・・という話もあながち冗談ではないかもしれない。ただ・・・。
 レッドは、一人で先に会議へ戻ろうとする王子に視線を転じた。

 すると、出入り口がある回廊に足をかけたディオマルク王子が、そこで振り返ってギルを見た。

「バレたかな・・・。」と、さりげなく王子に背中を向けて、リューイがギルにささやきかける。
「どうかな。」と、ギルもそれに気づいていないふりをした。
 
 一方、ギルから聞いた話のせいで、ディオマルク王子のことを、どうしようもなく身勝手な好色漢(こうしょくかん)(エロ王子)だと思い込んでいたレッドは、どうやら誤解していたらしい・・・と見直していた。それは、リューイやナイルに向けていた王子のあの表情を見た時に。女性に人一倍興味があるのは違いないようだが、彼は紳士的で美形のじゅうぶん魅力的な王子だということを知ったからだ。よって、見初(みそ)められた女性の方でも悪い気はしないだろうし、無理強(むりじ)いするようにも見えず、その必要もなさそうなのである。それに、ギルと似ているものを感じた。本当は親しみを込めて悪友と呼べる仲なのだろうと、レッドは理解した。

 ただ、そうすると今度は、ギルがあんなにもムキになり、わざわざ自ら姿を見せにきたわけが分からなかった。

 そんなギルを見て、レッドは首をひねった。



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