37. 形勢不利

文字数 2,079文字

 広い川にそってナツメヤシがそびえ立っている道を、一行は早足(はやあし)で進んでいた。この日は出発してからというもの休む間も惜しんで、とにかく歩き続けている。

「できれば奴らに追いつかれる前に、国境を超えたいが。」
 急いでいるため、最初からずっとミーアを片腕で抱いているレッドがつぶやいた。
「この人数だからなあ・・・キースもいないし。」
 そう応じたリューイは、一人でほとんどの荷物を軽々と肩いっぱいに(かつ)いでいる。

 少しでも早く先へ進むためだ。

 岩山の危険な道を通ってくる時に、今日中にセルニコワの迎えの者と合流できる予定であったこともあり、大きな重い荷物はもちろん、着替えなど一行(いっこう)のもともとの荷物もろとも、必要最小限に(おさ)えて捨ててきていた。

 ところが、リューイがそう口にするや否や、エミリオが急に立ち止まった。
「だが・・・彼らを避けては行けないようだ。」

 エミリオは、前方に鋭い目を向けている。行く手のやや遠くに見える人の(かたまり)、それをすぐさま敵とみとめてエミリオは言ったが、もはや隠れもせず堂々と待ち構えられているようだ。

「また先回りかよ、何で分かんだ?」
 リューイはあからさまに顔をしかめた。
「・・・奴ら、チャンスを一度に賭けたのか。」
 レッドはそう答えると同時に、襲撃なく一日が過ぎたことを考えた。

 地元、近隣国民なら、このルートからセルニコワ王国へ地形の問題が少なく入れる場所は、川を越えてからはある程度絞られてくることが分かる。こちらの戦力が激減したとみた敵は、下手に追跡して見失うより、捕らえられる確率の高い策にリスクを負って賭けたのか。部隊を分けられるだけの余裕があるうちに。それは、それだけの戦力がまだそろっているということ。分かれた方の部隊を呼び戻される前にこの場を切り抜けなければ、圧倒的に不利になる。

 だが、ダルアバス王国の王女暗殺に、総勢どれだけの兵士が動員されたのかは分からないが、ひとまず分散してくれたのなら、今ここにいる相手の戦力もかなり減っているはず。

「どうする、引き返すのか。」
 ディオマルクがきいた。
「少し・・・遅かったようです。」と、エミリオは低く厳しい声でそれに答えた。
「ああ、もう見つかっちまった。」
 リューイはさっさと荷物を下ろし始めている。
「どのみち、やるしかないしな。」
 ミーアを地面に立たせると、レッドも腰に帯びている二本の剣を引き抜いた。

 同じく大剣を(さや)からスラリと抜いたエミリオは、さっと周囲を見渡した。

 後ろには岩山から滝が流れ落ちる川がある。川沿いは累々(るいるい)たる岩と石段で、足場はかなり悪い。そこまで下がれば、左右後方もヤシの木が突き出している岩場が障害となってくれる。背後へ容易(たやす)く周り込めない状況を作ることはできるが、それでも前方の守備範囲があまりに広く、周りの木々が死角を作り、敵の動きを一つと逃さず見極めるには無理がある。

 だが、王女の方へ走り込んで行ける場所は、基本的には正面と左右前方のみとなる。そこを(ふさ)ぐことができれば・・・。レッドもリューイも早業(はやわざ)を得意とし、それができる男だ・・・守りきれる。

「我々だけで行くかい?」
「そうだな。」と、レッドは応じた。「あの敵の戦力、たぶん大分(だいぶ)減ってるぜ。」
「しかし、それでも厳しい状況だ。抜けて行ける場所はいくらでもある。敵の動きに気をつけて。」

 レッドは、今度は強くうなずいた。その通りだ。見つけられたと同時に、分かれた援軍を呼びに行かせているはずである。

「王子と護衛の方々はここで。王女たちを頼みます。」

 戦慣(いくさな)れしている戦士のように、すでに抜き身の剣を握りしめているディオマルクを見て、エミリオは言った。実際、躊躇(ちゅうちょ)せずに人を手にかけられるのなら、それに匹敵するほど腕は確かだ。

「すまぬ、承知した。」

 ディオマルクはエミリオから指示された場所まで下がると、自分は一歩前へ出て構えた。ここまで生き残った護衛の兵士たちも、無論、王女や王子から離れるつもりもなく臨戦態勢を整えている。

 一方レッドは、不安そうにカイルの上着をつかんでいるミーアに目を向けた。

 狂気の敵でない限り、無駄な殺しはしないはず。よって、カイルとミーアの二人は、基本的には安全だ。だが戦いにおいて油断は禁物。何かに利用されないとも限らないので、隠れておけと指示するのもためらわれた。

 するとカイルが腰を落として、ミーアを胸に抱き込んだのである。これからレッドやエミリオが、刃物で人を切り裂き、突き刺すのを見せないようにするために。

「ミーア、目をつむって耳を(ふさ)いでて。僕がいいって言うまでだよ。」

 カイルは、レッドと目でうなずき合った。

「おーし、いくぜっ!」
 身体をひねって準備体操を軽く終えたリューイが、指の関節をボキボキと鳴らしながら威勢よく声を張り上げる。

「リューイ、誰も通すんじゃねえぞ。」
 レッドは、エミリオの左に出た。
「お前こそ。」と、右にはリューイが。

 そして横へ少しずつ間隔を空けていく。三人はそれぞれ守備範囲の中心と思われるポイントに立つと、襲撃の命令を今くだされた敵の前線をにらみつけた。





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