40.話がある

文字数 2,311文字


 それからしばらくすると、急いで向かってくる複数の人影が見えた。
 ディオマルクは(ほお)(ゆる)め、胸を()で下ろした。そのうちの二人はギルとシャナイアである。

 その四人は威嚇(いかく)する意味で剣を振り回しながらやってくると、中断された戦いの中にそのまま加わった。エミリオ、レッド、そしてリューイに三人が分かれて加勢し、一人はディオマルク王子たちのもとへ。

 そこでリューイについたギルが、足や顔に切り傷を負わされているのを見て唖然(あぜん)とした。
「リューイ、お前また素手(すで)でやり合ってるのか。喧嘩じゃないんだぞ。」
「こっちのが楽なんだ。けど、待ってたぜ。」

 敵に切っ先を向けたまま、レッドはシャナイアの全身をさっと見回した。どうやら五体満足のようだ。
「お前、どこも何ともないのか。」
「ええ、キースとギルのおかげで・・・ちょっと、変な想像しないでちょうだいねっ。」
「じゃあ黙ってろ。」

 そして、エミリオに軍兵らしく敬礼をしてみせた男は、敵の方へすぐに体を向けて剣を構えた。
「私はセルニコワの兵士です。遅くなり、かたじけない。」
「無事だったのですね、よかった。」

 一方、ディオマルク王子たちについた一人は、抜き身の剣を握りしめている王子を見ると、驚いて目を疑った。王子が護衛としてついて来ているなど思いもよらなかったからだ。そもそも、ディオマルクは強引(ごういん)にこれに同行している。

 だがディオマルクには、目の前の男が何者であるのかピンとこない。
「そなたは・・・。」
「ディオマルク王子 !? 私はセルニコワの兵士です。まことに・・・まことに申し訳ございません。」

 これを聞いたファライアやカイルも驚いた。だが同時にほっと吐息(といき)をつきながら、ディオマルクに視線を向ける。

 ディオマルクもうなずいて、安堵(あんど)の笑みを浮かべた。
「生きておったのだな。よい、訳は存じている。」

 一旦、キースのおかげでしばらく収まっていた戦いは、中佐と呼ばれている指揮官のがなり声によって再び火蓋(ひぶた)を切った。

「ええい、何をしている!さっさと仕留めんか!」

 ところが、敵の部隊は一斉に腰を引きながら目をみはった。先ほどまでは、それでもどこか苦しそうだった彼らの動きが、この時から驚くほどリズミカルなものに変わったからだ。

 エミリオが重い刃広(はびろ)の剣を自在に操り、ギルが豪快な力強い動きで大剣を打ち下ろす。レッドが神がかった早業(はやわざ)を容赦なく繰り出し、シャナイアが素早い流れるような身ごなしで細剣(さいけん)を振るい、リューイが強烈な足技(あしわざ)の連打を鮮やかにきめまくる。

 彼らが加わったところで、数のうえではまだ圧倒的に有利であったにもかかわらず、ラマイスタの兵士の中から見る間に重傷者や死者が続出した。形勢は、またもいっきに逆転したのである。まさに無敵。二人一組になったことで完全に(すき)が無くなり、回り込もうとすればただちに反応されてしまう。

 敵の部隊のあいだに戦慄(せんりつ)が走った。今やラマイスタ側は、その圧倒的な強さの前に、手も足も出ない様子で恐れおののいている。

 その中でたった今リューイに痛めつけられた男は、胃のあたりを押さえながら指揮官のもとへ駆けて行った。

「ち、中佐、このままでは・・・。」
(ひる)むな、一斉にかかれ!」

 その部下、さらにはほかの隊員たちを苛立(いらだ)たし気に怒鳴りつけるラマイスタの指揮官。

 しかし実際、苛立っているのは、自身の頭にも敗北がチラついているからだ。後から加わった四人、いや、四人と一頭のおかげで完璧な二重の守りとなり、難攻不落の鉄壁が出来上がってしまった。こうなると、もはや数の優劣など全く関係が無くなるということに、どんな部隊のトップもすぐに気付く。たった三人の戦士でも、倒すどころか、その隙をつくことさえ出来なかったのだから。しかも加勢に入ったうちの一人、長身で弓の名手と見受けられた男の強さも、(いや)というほど確認済みである。もう切り崩すのは不可能と、ラマイスタの指揮官は悟った。だが、それを認めて引くわけにはいかない。任務は絶対だ。(まっと)うせずに、おめおめと帰れる場所など無いのである。

 そんな最中(さなか)、剣を振りかざしてリューイのそばを離れたギルが、常に戦いの外側にいて指示を出していた、その仏頂面(ぶっちょうづら)の指揮官に向かっていった。

 対して、男も冷静に剣を引き抜いた。敗北も、相手の強さも分かってはいるが、中佐という肩書きは伊達(だて)ではない。

 二人は激しく打ち合った。

 俊敏(しゅんびん)な身ごなしと達者(たっしゃ)な剣さばきで、攻撃は(はば)まれ続けた。腕の傷の痛みにも邪魔をされた。だがギルには目的があった。よってわざと剣を放されないようぶつけていき、上手く互いの武器が合わさったところで、タイミングよく相手を蹴倒(けたお)した。そして、心臓めがけて剣を振り下ろすふりをしながら、手を止める。

 思わず観念して固く目をつむった男は、自分がまだ息をしているということに気付いて、恐る恐る(まぶた)を上げた。鋭い剣先が胸の真上で止まっているのを見て、さらに視線を上げていく。

 ただの付き人とも兵士ともつかない、得体の知れぬ若者の ―― 殺意が感じられない ―― その目と、目が合った。

 戦いは、これを機に中断された。

「ずいぶんと(あきら)めが悪い・・・もう分かっているんだろう?」

 呆れ混じりでありながら、ギルは低い厳しい声でそう言った。それから右手の剣を引き、すっと左手を差し伸べたのである。

 男は顔をしかめ、不可解そうにギルの目を見上げていたが、差し出されたその手を払い()けると、自ら背中を起こした。

「殺せ。おめおめと戻るわけにはいかぬ。」
 男は地べたに胡坐(あぐら)をかいて言った。
「話がある。」
「話?」
 ギルはうなずいた。そして、「ディオマルク王子。」と、声を張り上げて呼んだ。


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