14. 月夜のデート 

文字数 1,467文字

 ダルアバス王国の王宮には、小さなバラ園を囲む図書と芸術の館があった。化粧漆喰(けしょうしっくい)(ほどこ)された唐草模様(からくさもよう)や、()かし()りの窓や天井が見事な建物で、種類別に分けられた書籍や絵画の部屋が並んでいる。全体的には二階建てだが、バラ園に面している一部は三階にも部屋があり、ディオマルクは、とりわけ落ち着けるその部屋を好んで、一日の終わりにそこで読書をしながら過ごすことも多かった。

 だが最近は、もうすぐ別々の生活をすることになる寂しさからか、侍女(じじょ)を連れたファライアが兄の姿を求めて度々来るようになり、今も二人は一緒にその部屋にいた。その間、侍女たちは部屋の前で待たされることになる。

「ねえお兄様、ギルベルト様は、なぜあのような不思議なことをなさっているのでしょう。お連れの方々は、アルバドル皇室の従者などではございませんわよね。」

 向かいのソファーに座っている兄をただ眺めているばかりだったファライアは、兄が読書に夢中であることを気にもせずに、そう声をかけて邪魔をした。

 ディオマルクは少し思案したものの、うろたえることなく読書を続けながら答えた。
「ああ、それは・・・だね・・・花嫁探しだよ。正体を(いつわ)り、身分を気にせず我が妻となる者を自ら選びたいそうだ。相も変わらず妙な男だ。国では極秘だそうだから、父上と母上にもこのことは知らせぬように。彼はギルベルト皇子によく似た別人だ、いいね。」

「そうですの・・・分かりましたわ。」

 (ひま)を持て余しているファライアは、今夜の明るい月と星空でも眺めようと腰を上げてバルコニーに出た。が、そこで偶然 目撃したものに、思わず声を(はず)ませてまた兄を呼んだ。

「まあ、お兄様ごらんになって。」

 ディオマルクは、黙読している目の動きを止めて妹を見た。そのファライアは笑顔でしきりに手招(てまね)きしている。ディオマルクは本をテーブルに置いて立ち上がると、ファライアが目で示してみせるものを確認しようとバルコニーに出た。

 すると、一組の男女が、仲むつまじく眼下のバラ園にやってくる。やや遠目だったが、そこは柱廊(ちゅうろう)を照らすランプに囲まれる中庭で、廊下から漏れているその灯りのおかげもあって、姿や動きは見てとれた。

 ちょうど話題にあがった二人、本来はアルバドル帝国の皇太子(こうたいし)と、亜麻色(あまいろ)の髪の美女だ。

 ディオマルクはついフッ・・・と笑い声を漏らしてしまった。ギルベルトは家出をしてきたようだが、無意識にも完璧なエスコートは上流貴族そのもの。それに、とにかく約束を果たそうと動いてくれたのだとわかった。 

「わたくし、先ほど彼女を見かけましたわ。本当にお美しい方で驚きました。わたくしの身代わりをしていただくなど恐れ多いほどに。」
「まったくであるな。せめてその前に、彼女と二人きりに・・・。」
「お兄様。」
 ファライアは声を荒げて兄を(いさ)める。
「冗談だよ、ファライア。ギルベルトが許してくれぬ。」

 ディオマルクは肩をすくってみせ、それからまた二人に目を向け直した。

「さすがに手馴(てな)れておるな。ほら、ファライア、あの男はああやって多くの貴人を手玉にとってきたのだよ。」
「それはお兄様のことでございましょう?それにしても、あのお二方、とてもお似合いで素敵ですわ。彼女が、ギルベルト様のお(きさき)になられる方かもしれなくてね。」

 その言葉が驚くほど胸に(こた)えた。ディオマルクは急に寂しくなり、思わずため息をついていた。
「ああ・・・そうだね。」

 背中を返して部屋へ戻ろうとする兄の心境にも気付かずに、ファライアは月夜のデートを楽しんでいる二人をほほ笑ましく思いながら見つめていた。




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