10. 欺けぬ仲

文字数 2,055文字

 また一人、美人でオリーブ色の瞳が魅惑的な侍女(じじょ)について行きながら、ギルは、美しい鍾乳石(しょうにゅうせき)飾りのアーチが連なる通りを抜けた。そしてそのまま、中庭を囲う二階の回廊をまわって、この御殿でいちばん見晴らしのよい場所へと向かう。自分一人だけが連れ出される理由を、ギルはあえて聞こうとしなかった。

 そうしてギルは、やがてディオマルク王子の部屋の前まで案内された。

「殿下、お連れいたしました。」

 ノックのあとに、侍女がそう(うやうや)しく声をかけると、間もなくドア越しに王子の返事があり、そのあと中へはギルだけが通された。

「失礼します。」

 広々としたその部屋の色鮮(いろあざ)やかな黄色の壁には、鳥や草花をモチーフにした見事な模様(もよう)が描かれている。ギルにとっては、(なつ)かしい場所だ。

 窓際(まどぎわ)椅子(いす)に座っていたディオマルクは立ち上がって、ギルを迎えた。

「呼び立ててすまぬ。久しくしておったが、そなたとぜひまた勝負がしとうなってな。」
 ディオマルクはそう言いながら、優雅な手の動きでギルを奥へ誘った。

「・・・と、おっしゃいますと・・・。」
 ギルはおずおずと演技しながら、一応しらばっくれてみた。

「知らぬと申すか。なるほど、余の双眸(そうぼう)節穴(ふしあな)と。」

「王太子殿下、誠に恐縮ではございますが・・・その、お言葉の意味が・・・。勝負でしたら、私ではとてもお相手になりません。どうかほかの者を。」

「それは残念だ。今宵(こよい)の懸け物はもう決めておったのだが。では力づくで我がものにいたすとしよう。いや実に美しい。あの輝くばかりの美貌は、ぜひとも手に入れたい。まずは邪魔されぬよう優位に立ちたかったが、正々堂々そのような勝負というのもなかなかに楽しめそうだな。そなたには受けてたつ理由がござろう。」

 その瞬間、ギルの顔つきが変わった。

「それは、エミリオのことを言っておるのか・・・ディオマルク。」

 ディオマルクはニヤリ・・・と笑みを浮かべる。

「ギルベルト・ロアフォード・ルヴェス・アルバドル。相も変わらず不可解な男だ。」

 ギルは深々とため息をついてみせた。
「やはり、そなたは(あざむ)けぬか。」

「だが、そなたが有り得ぬ真似をしておるおかげで、さすがに余も戸惑わずにはいられなかった。確信を得てもな。」

「確信か・・・なぜ見破(みやぶ)れた。」

「なぜ・・・だと?」と、ディオマルク。「そなたも、もはや開き直っていたではないか。地声で話し、雰囲気も包み隠さず。晩餐会(ばんさんかい)の席にいたのが、王子としてのそなたではなく、余の前で見せるギルベルトとしてなら何ら変わりはない。」

 そうなのか・・・と、ギルは思い返してみた。ディオマルクの前で、あそこまで軽い態度を取った覚えはないつもりだったが?

「さて・・・何ゆえ王子ともあろう者が、それにあるまじき行動をとっておるのだ。連れの者たちは変装した従者とも思えぬ。よもや遊行(ゆぎょう)(おもむ)いたわけではあるまい。」

「話しても、恐らく理解できぬ。それより、私に受けてたつ理由があるとはどういう意味だ。」

「いらぬ手間をとらせるでない。」

「では、早々に退出するとしよう。今の私がこの部屋にいること自体、無意味。これ以上のやりとりこそ、いらぬ手間というものだ。」

「よかろう。そなたは、余が、今宵(こよい)あの佳人(かじん)を寝室に招き入れても構わぬと申すのだな。」

「悪いが、その仲間たちと共に、そろそろ失礼させていただく。御馳走になった。手厚いもてなしに感謝する。」

 女癖(おんなぐせ)の悪さは相変わらずかと呆れ、ギルはいきり立ってディオマルクに背を向けた。

「待たれよ、そなた帰国する意思はあるのか。」

「なぜ私が、このような不可解な行動をとっているか。ただの悪ふざけと思ってくれても構わぬ。一つ言っておくなら、これは城の者・・・いや、アナリスと、その夫となるべき男以外の者には告げずにしたことだ。」

「その男に全てを託したのだな。では、二度とそなたと勝負はできぬのか。そなたに慈悲があるのなら――」

「彼女を懸け物としている以上、その勝負に臨むわけにはいかぬ。」

 ギルはそのままドアへ向かった。

「気を(しず)められよ、ギルベルト。余が愚かであった。あれは本心ではないのだ。いや、全くそうとは言えぬが。とにかく目的は別にあるのだ。彼女を貸していただきたい。」

「貸して・・・? 何にしても断る。それに、あいにく彼女は私の何というわけでもないのだ。」

「そなたの口から頼むことはできよう。余の直感が確かならば、それは遥かに効果的なはず。ぜひ彼女の協力を得たい。ファライアのために。」

 ギルはドアの直前で立ち止まり、肩越しに振り返った。

 ファライア……王女のためにだと?

「・・・いいだろう。話は聞くが、わずかでも不快を感じた場合には、その時点で即刻断らせていただく。」

「承知した。」

 ギルは、ディオマルクに向き直った。
「それで、彼女を何に利用しようというのだ。」

「そなたは、我が妹とは長らく顔を会わせてはおらなんだな。あれももう二十一の歳になる。」
 そう言って、ディオマルクはバルコニーがある大きな窓を開けに行った。
「ファライア、さあ、ここへ。」


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