36.二人の戦士

文字数 1,773文字

 ギルは、痛みで思わず腰を浮かした。

 早朝のまだ薄暗い中、吊りランプの(ほの)かな明かりのもとで、シャナイアは(うみ)がこびりついているギルの左腕を、塗れタオルでそろりそろりと拭いてやっていた。出発前に、包帯を取り替えてあげようと思ったのである。

「やだ・・・綺麗に洗いきれなかったのかしら。少し()んじゃってる。この薬箱にあるものじゃあ、やっぱりダメなのね・・・。カイルに早く診せなきゃあ。」
「俺は昨日からというもの、度々カイルが恋しくてならなくなるんだ。気持ち悪いな。」
「ひどい人ね。夕べはあんなに私のこと大事にしてくれたのに。」
「二股かけるつもりはなかったんだが・・・。」

 彼の冗談に笑い声を上げながら、シャナイアはテキパキと処置を済ませた。

「はい、いいわ。」
「どうも。」

 ギルは立ち上がって、干していた衣服がだいぶ乾いているのを確かめると、それに着替えた。それから剣の手入れをするため、使えそうなものを探しにかかる。

 シャナイアは、続けてキースのケガを診に行った。こちらは幸い化膿(かのう)もしておらず、もともと(かす)り傷程度の軽いケガだったため、もう包帯の必要もなさそうだった。

「キース、リューイに教えたりしないかしら。」
「どうかな。キースと話ができるみたいだからな、リューイは。それより、あいつら、俺たちのこと探してやしないだろうな。」
「レッドがいるもの、大丈夫よ。彼、任務についたら、まずそれを最優先に行動するから。」

 すぐにそう答えたシャナイアだったが、本当のところはよく分からなくもあった。こんな経験をしているからだ。

「前にも少し話したけれど、レッドを知ったのは、レトラビアで今と同じような仕事についた時だったわ。そこで、私しくじっちゃって、足を痛めたの。※1」

「ああ、シオンの川で言っていた屈辱(くつじょく)の名残ってやつか?※2」

「そうよ。それで私、その時リーダーをしていたレッドに言ったの。足手まといになるくらいなら、死んだ方がましだから置いて行ってって。そしたらあの子、〝使いものにならなきゃ、そうする。〟って、無表情でさらりと返してきたわ。激流の川でも、隊員だけでなく姫様をも渡らせるし。」

 その過去が鮮明に思い出されて、シャナイアは不可解そうに眉根を寄せ、ため息をついた。

「ただ・・・そのあと〝だがお前はまだ動けるし、必要だ。足手まといになると思っているなら、一晩で治せ。〟なんて言って、私をずっと背負って歩いたの。危険な川を渡る時にはほかの隊員の三倍横切って、全員を無事に対岸へ着かせてくれた。いつでも体を張って、可能な限り隊員を生かそうとしてくれた。容赦のない判断もできるはずなのに。」

「あいつらしいな。とにかく、そうして君を生かしてくれたわけだ。俺は、レッドに感謝するよ。」

 シャナイアは自分も干してある衣服を手に取り、ギルの背後の暗い陰に行って着替えを始めた。そうする間にも気になっているのは・・・空腹。

 シャナイアがいつの間にか貯蔵庫らしきものに手を突っ込んで、中にある物を一つ一つ取り出していることにギルが気付いたのは、シャナイアが何やら食べられる物を見つけて歓声を上げた時だった。

「ねえ見て、食べ物があったわ。ここってほんとに何でもそろってて、助かっちゃったわね。」
「ここの人たちが来たら怒り狂うだろうな・・・早いとこずらかろう。」

 ギルがそう言ったところで、ふと人の気配を感じた二人。
 (あせ)って窓に視線を飛ばせば、そこの窓越しから中をのぞいている男性の姿が二つ見える。

「あら・・・見つかっちゃった。」
 シャナイアは肩をすくってみせた。

「仕方ないな。正直に訳を話して謝ろう。」

 ため息をついて腰を上げたギルの方は、精一杯申し訳ないという表情でその二人組のもとへ向かう。

「すみません、実は・・・。」
「すみません、ちょっと・・・。」

 窓を開けるや互いの声がそう重なり合い、ギルは驚いて口を閉じた。

 なぜなら、そこに立っていた男の身なりや貫禄(かんろく)は、地元の管理人やただの労働者などではなく、いかにも腕のたつ屈強の戦士。どう見ても、そんな感じだからだ。

「あなたがたは・・・もしかして・・・。」
 たちまち気付いたギルは、シャナイアを振り返った。





 ※1 外伝3『レトラビアの傭兵』」― 「19.もう・・・戦えない」
 ※2 Ⅱ『シオンの森の少女』 ― 「48.尾行」


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