7. 離宮の中庭で

文字数 1,617文字

 王都の一角に、丸い中庭を持つ鍾乳石(しょうにゅうせき)飾りの御殿があった。王太子の好みによって、異国情緒(じょうちょ)をたっぷりと取り入れた離宮である。その中庭も、王宮の主宮殿を取り囲んでいる幾何学(きかがく)的な大庭園とはまるで違う。華麗さは見られず、巨大な噴水や咲き乱れるバラなどの代わりに、そこでは大きな葉を持つ背の高い熱帯の植物が慎重に管理され、山脈から引いている水が流れる人工の蛇行(だこう)する川もある。全体的に、まるで樹海を意識して造られているようだった。知恵と技術に優れているダルアバス王国の王宮には、それ一つを丸ごと植物園にしてしまった空中庭園と呼ばれる建物(たてもの)もある。その技術を生かして造られた中庭である。

  そうここは、ディオマルク王子の離宮。

「さすがに・・・注目を集めたね、君の顔は。」
 柑橘(かんきつ)類の香りがほのかに漂う中で、案内役の召使いが去ったのを確認してから、エミリオがギルにささやきかけた。
「ああ、予想以上にな。わざわざ立ち止って、何の疑いもなく頭を下げてくる奴までいたくらいだ。」
 そう答えながら、ギルは首をめぐらして不可解そうに顔をしかめた。
「それにしても、久しぶりにこの宮殿に通されたが・・・すっかり変わっちまってる。どういうわけで、こんな密林みたいにしてるんだ?あいつ・・・。」

「あれ、リューイは?」

 ふと気付いたカイルが、きょろきょろしながら言った。いつの間にか、リューイが仲間たちのそばから忽然(こつぜん)といなくなっているのである。

(なつ)かしくなって、一人で勝手にはしゃいでるんだろ。探すなら木の上とかにいると思うぞ。」

 レッドがそう答えた時、リューイが頭上でぶんぶんと手を振りながら、奥の細道から駆け戻って来るのが見えた。子供のような(きらめ)きを目にたたえて、オレンジの実をたくさん付けた木々の間を走ってくる。

「おーい、皆!向こうに友達がいたんだ。ずいぶん大きくなってたから、最初わからなかったよ。こんな所で会えるなんて思わなかったな。紹介するから来て。」

「友達?」

 彼らがリューイについて川の方へ行くと、一頭の(ゾウ)がいた。背中の高さが身長180センチほどのリューイの肩までしかないので、子供の象だ。気になるのは、右目に眼帯を付けていること。手触りの良い素材でできているそれは、痛々しい傷痕(きずあと)を隠すためで治療中のものではない。

「象かよ・・・。」
 レッドは、もはやキースの時のように驚くこともなく(つぶや)いた。
「そんなことだろうと思ったよ。」
 ギルもそう呆れ返ると同時に、ディオマルクがこの中庭を造らせた訳を瞬時に悟ることができた。

「お前、みんな心配したんだぞ。急にいなくなるから。それに・・・その目、どうしたんだ。」

 仔象の背中を何度も()でてやりながらそう話しかけるリューイと、そのあいだしきりに鼻を()り寄せている仔像。ずいぶん親しげな様子である。

「あ、こいつはナイルっていうんだ。親を亡くしてからは俺たちと暮らしてたんだけど、じいさんと町へ出かけてるあいだにいなくなって・・・。ナイル、俺がまた迎えに来てやるから、その時になったら一緒に森へ帰ろうな。」

 リューイがそう言ってやると、ナイルは後ずさりして離れ、ゆっくりと首や鼻を振ってみせた。驚いたことに、リューイの表情や態度などで、その仔象はどういうことを言われたのかを理解したようだ。以前は一緒に生活をしていたという間柄(あいだがら)、それゆえ心が通い合っているからこそ分かり合えることだった。そして今では、この仔象にはもう一人理解できる特別な人間がいた。

 このナイルの行動に、リューイは訳が分からず困惑した。
「え・・・お前、なんで・・・。」

「動物とは、何でも話ができるのか。」
 自分でもおかしなことを言っているなと思いつつ、レッドが問うた。

「こいつらが見せる素振りや行動、表情には、全部意味があるんだ。こいつは、ここに居たいって言ってる。」

 リューイが寂しそうにそう答えた時、この中庭へと続く通路を通り抜けてきたディオマルク王子が見えた。



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