最終話

文字数 500文字

 何と言うことだ。結局しっかり判読できたのは、レジにチーズスフレを三つ出した時だった。「薮内愛菜」の列は定位置から上方に移り、時間帯が変わっている。九時から十七時って、おい、会社にいる時間だけじゃないかよぉ。そう、新婚なのだから、当然のシフトチェンジだ。自分は何の影響も与えていない……はずだ。

 呆然とした面持ちで、鞄にチーズスフレを詰め込んだ。中学生が道を開けてくれる。情けない姿だ。直接何もしていない自分が、なぜ罪悪感を持ち、ショックを受けるのだろう。それでもつま先はマンションへと向かっている。そうだ、帰るのだ。妻と娘は、歓迎してくれないだろうが、待ってはいるだろう。それが家族だ。

 きっと薮内さんも、これから同じように家族を築き上げていくのだ。先輩として、静かに見守ればいい。いや、望まれてはいないか……。



 少し変形したスフレをテーブルに置くと、妻が振り向いた。ちょうど食べたいと思っていた、と言ってくれる。一番形が整っているものを娘に残し、二人で食べた。明日に残さなくていいのか? と聞いたら、今日は食べるの、と微笑んでいる。えっ、カワイイ?



 むふっ。今夜は階下への音漏れが心配だ。

[完結]
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