第24話

文字数 494文字

 そうだっ!

 娘が大きな声を上げた。近所迷惑だから止せ、と思うが、こちらの声が大きくなりそうで自制する。

 アイナさんとこ挨拶行こう!

 アイナさん? そうか、ミズキのお姉さんは「薮内愛菜」さんか。彼女を勝手に「矢口真紀子」さんと断定していた自分を笑い、気が緩んだのだろうか。思わず口にした。

 薮内さんのところに行くのか?


 ――しまった。

 越してきた若夫婦が薮内さんで、ヤンキー女が愛菜さんであることを、何故知っているのだ。微塵も関心が無いような態度を作ってきたはずだが、何たる不覚。冷や汗とともに、視界が回り始める。娘はどう見ている? 妻は? とても確認できない。

 貴方も行きましょう。ちょうど真下なのよ。

 彼女たちに何も気付かせないまま、やり過ごせたのだろうか。事も無げに妻が誘ってきた。行かない理由を考えていたが、行きたい気持ちがムクムクと湧き上がる。

 でも、もう遅いだろう。

 壁時計の短針は九に近付いていた。

 ほら、迷惑だろうよ。

 若いお宅だし、この子も知ってる訳だから、大丈夫よ。三人で行けるのも少ないでしょう? それに、先に延ばすとタイミングが、ねえ。

 完璧だ。逃げられない……。
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