epilogue jinx (5)

文字数 1,038文字

 抽出が終わると、ソーサーにカップを載せミストレスはわたし達の前に、どうぞ、と静かに音を立てずに置いた。

 すごい。なんかプロっぽい。

 わたしが砂糖を入れようとすると、陸くんがそれにダメ出しをする。

「茜~、まずはそのままの味を楽しまないと珈琲に失礼だぞ」

「そ、そうなの?」

 指摘されてたじろいでしまう。

 失礼って、陸くんだけには言われたくない。無神経の塊なのに。

 で、でもわたしって珈琲ってブラックじゃ飲めないよ~。

「いつも砂糖はどのくらい入れるの?」

 ミストレスが尋ねてきた。

「えっと、小カプセルを一粒です」

「じゃあ、たぶんそのままで大丈夫だと思うわ。一口飲んで無理そうなら、砂糖を入れるといいわ」

「は、はい」

 言われるがままに、覚悟を決めて、えい、と一口含んでみると。

 ふんわりとした温度の珈琲が口の中で芳しく広がる。

「……美味しい」

「あら、よかったわ~」

「酸味もあるけど、甘さもある……え!?なんで!?」

「モカだからだよ。モカは程よいコクと甘さが特徴なんだよ。でも、これはマジで美味い。絶品だよ」

「あら、二人とも珈琲の味がわかるのね。嬉しいわ~。今日のはとってもいい豆だから、よかったわ~」

 すっごく美味しい。わたしここのファンになっちゃう~。

「ミストレスって、ずっとここで喫茶店やってんの?」

「前のマスターから引き継いで、もうかれこれ50年以上になるかしら」

「半世紀も珈琲を淹れ続けてるんですか」

「そうねえ。そう言われたら長い気もするけど、本当にあっという間だったわね」

 そう話すミストレスはどこか遠い目をしていた。

「次の跡継ぎとかいないの?」

「私は子供が出来なかったから、継いでくれる子はいないわ。だからここは私の代でおしまい」

「こんな美味しい珈琲なのにもったいないです」

 お店に入ってまだ30分くらいなのに、ここは家にいるみたいにすごく落ち着く空間だわ。それなのに、わたしももったいないと思う。

「あら、ありがとう。そういえば、私も同じようなこと言ったわ~」

「同じことですか?」

「ええ、前のマスターにね。『ここを潰すなんてもったいない。それなら私に継がせて』って。それから三年程しごかれて、ようやく免許皆伝をもらったわ」

「俺、ここ気に入ったよ!また来たい」

「あら、ありがとう~」

 こんな素直な陸くんあんまり見たことない。陸くんもこの珈琲になにか感じるものがあったのかな。

「じゃあ、映画館を開けないとね」

 そうだった。珈琲が美味しくて忘れてたけど、それが目的だったんだ。

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