第二話 memory (8)

文字数 1,024文字

 拝啓 滝川 一颯様

 立冬を過ぎて朝晩の冷え込みが厳しくなってきました、そろそろコートが恋しくなる季節ですね。
 颯くんいかがお過ごしですか。
 私は相変わらずです。
 颯くんと別れたあの日から、いままでずっと病院のベッドの上です。
 この真っ白い六畳の空間が、私のいまの世界です。
 いまの私の楽しみは相変わらずパズルです。もうここに来て、どれくらい作ったか覚えていません。
 あとの楽しみは季節の移り変わりを見ることと、雑誌に載る颯くんを見つけることです。
 颯くん、今日は私が颯くんに隠していたことをお話します。
 いままで黙っていて、ごめんなさい。
 実は私は幼い頃から、ある病を患っています。
 病名は長いので伏せますが、不整脈の一種の病気です。
 私のように幼い頃から、この病気を患うことは非常に珍しいのだそうです。
 この病のせいで、私は冷たいものを飲むことができません。
 冷たいものを体内に取り込むと、私の体はすぐに血栓を作ってしまう危険性があるそうです。
 だから、颯くんデートの時、尋ねましたよね。
「夏なのに熱いのを飲むの?」って。
 飲めなかったんです。
 飲めば、たちまち血栓で血管が詰まって、私は命に危険に脅かされるから。
 だから、両親は私の延命のために東京への転院を決意しました。
 設備が整っている東京の病院で治療に励めば、あるいは可能性があるかもしれないと。
 ただ最近は、それもあまり芳しくありません。
 検査の数値が日に日に悪くなってるみたいです。
 ですから、颯くんにはもう逢えないと覚悟はしています。
 でも、病院を抜け出してあなたに逢いに行きたい。
 私はこの頃、ずっとそんなことばかり考えています。
 東京に来て一歩も病院から出たことないので、都電や地下鉄にも乗ったことないんです。
 でもどうにかして、逢いに行きたい。
 そう強く思っています。
 でも、あなたの横にはもう恋人がいるのでしょうね。
 ご迷惑はおかけしません。
 ただ、一目あなたに逢いたい。
 私の命が尽きる前に、ただ一目。
 私にはそれだけでいい。
 ポッカリと開いた私の心にあなたというピースをはめて、私はそっと天国へ旅立ちます。
 颯くん、突然私が現れたら、あなたは迷惑でしょうか。
 あなたを傷つけた私に、そんな資格がないことはよくわかっています。
 でも、でも、逢いたいよぉ。
 颯くんに逢いたい。
 取り乱して、ごめんなさい。
 今日はここまでにします。
 またお便りしますね。

 かしこ

 新城 夏帆

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