最終話 somewhere,again (9)

文字数 914文字

「颯くん!」
 先程までの鈍色の空はすっかりと雲が流れ、いつのまにか青々とした空が姿を現していた。
 あの初めて逢った夏の空を彷彿とさせる鮮やかな空色。あいにくと季節違いで入道雲は現れていないが、あの日と同じように空を背景に白いワンピースをまとい、大人になった彼女が、そこにいた。
「夏帆?」
 顔をぐしゃぐしゃにしている一颯に、手を後ろで組んだ夏帆がゆっくりと距離を詰める。
「うん、私だよ」
「夏帆……」
「颯くん」
「夏帆」
「颯くん」
「夏帆、ごめん。俺……俺ずっと逃げてて……」
 ボタボタと落涙し、俯く一颯の顔を夏帆はすっと両手で優しく包み込む。
「大丈夫だよ。私こそ、ごめんね」
「な、なんで夏帆が謝るんだよ……」
「颯くんをいっぱい傷つけちゃったから」
「そんなこと、どうでもいい。俺は君の病気のことを……なにも知らずに……今日まで」
「気にしないで。だって颯くんは私の命の恩人なんだから」
「……ど、どういうこと?」
「私ね、一度死にかけちゃったの……」
 一颯は驚愕のあまり一気に視界が闇に染まる。
 愛しい人の死という、身を背けたくなる言葉に顔がどんどんと色を失っていく。
 そんな一颯に、夏帆はありったけの優しさを込めて微笑む。
「それを、颯くんが私を救ってくれたんだよ!」
「意味わかんないよ……」
「颯くんが高三のときだよ。私、颯くんに逢いに行こうとして、病院を抜け出そうと計画したことがあったの。雑誌で颯くんが出る大会があることを知って。走る颯くんをどうしても見たくて。妹にも協力してもらって、新幹線のチケット取ったりして。でも結局準備だけで終っちゃったの。体調が急に悪化して、一週間もずっと寝たきりで、手も上がらなくなっちゃって。ああ、もう駄目だなって、あの時は本当に思ったんだ」
 一颯はなにも言えなかった。
 命の危機など、自分には想像できないような過酷な闘病生活を夏帆は送っていた。その事実に恐怖し、とても口を挟むことなどできなかった。
「家族も泣いててね。でも妹が颯くんが走ってる大会の動画を流してくれてて、意識が遠のく中で歓声が聞こえたの。『わああ』って。そして、歓声の次は興奮したアナウンスが流れたの。『滝川一颯、高校新記録樹立!』って」



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