最終話 somewhere,again (10)

文字数 895文字

「夏のインターハイ……」
「うん。あれで私、戻らなきゃって強く思えたの。颯くんが走ってる所をなにがなんでも観たいって。そう思ったら、意識が戻って来れたの。お医者さんに言わせたら奇跡だって言われた」
「俺が走ってた、あの時に。夏帆は死にかけてたの?」
「それを颯くんが救ってくれたの。それからはずっと颯くんが出る大会を観て、いつも力をもらって、だからずっと治療もがんばれて。いまようやく、こうやって外で生活できるようになったの。まだ完治したわけじゃないけど。それでも、こうやって颯くんに逢えたんだから、もう感無量だよ」
 ひたむきな太陽の光を浴びる夏帆は、目一杯の笑みを一颯にプレゼントする。
 きらきらと輝く笑顔は、うっすらと目元も煌めいている。
「俺の走りが……夏帆を?」
「うん。颯くんの走りが私を病気から救ってくれたの。ありがとう、颯くん。ずっと走ってくれてて」
「ううう……うう……ああ……」
 夏帆の言葉に嗚咽が漏れる。一颯は耐えきれず、その場に伏してしまう。
 なにもない自分。
 走ることしかできない自分。
 しかも、その走りは愛しい人をただ忘れるための道具のように扱ってきた。
 それでも、走りを続けたことで、愛しい人にも届いていた。
 なにもできないと思っていた自分は、一番守りたかった人をきちんと守れていた。
 それも自分にしかできないやり方で。
 走ってきてよかった。
 この時ばかりは一颯は心の奥底から、そう強く思った。
 そんな一颯に目を細め、夏帆はゆっくりとひざまずく。
 そして赤子に触れるような、ふわっとした優しい手つきで一颯の頭を撫でる。
 その温かい手は一颯がずっと求めていたものだった。その刹那、一颯はポッカリと心に穿っていた穴がすっと閉じる気がした。
 失くしたピース。
 二度と戻らないと思っていたピース。
 心の空虚な穴を埋める、最後の一欠片。 
 それがいまピタリと一颯の心にはまった。
 それは夏帆も同様だった。
 さよならしたピース。
 心でずっと再会を求めたピース。
 心の寂寥の穴を埋める、最後の一欠片。
 ひたすらに求め合い必要とした二人は、いまようやく互いの隙間を埋める心の欠片を手にした。

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