最終話 somewhere,again (7)

文字数 1,453文字

 『颯くん、私は引っ越しの前に、颯くんにお別れをします。
 これは引っ越しが決まった時から、私が決めていたことです。』

 ──決めていた?どうして?

 一颯が知りたいと思っていたことが、ここに記されている。一颯は食い入るように、文字に目を走らせた。

 『それは、私の病気に颯くんを巻き込むわけにはいかないからです。
 私はいつ死ぬかわからない身です。
 戻って来たいけれど、戻れる保証もありません。
 それなのに、あなたに「待ってて」なんて無責任なことを言えません。
 だからいまの颯くんは、私がお別れを言ったあとだと思います。』

 ──俺のため?

 『たぶんどういう話し方をしても、颯くんを傷つけることになると思ってます。
 本当に、ごめんなさい。
 どう謝罪しても許してもらえるとは思ってません。』

 ──あれは突発的なことじゃなくて、あらかじめ決めていたこと。

 『でも、颯くん。
 私、いまからとても狡いことを言います。
 颯くんを傷つけるのに、でも、もしも颯くんが私を待っててくれるのなら、待ってて欲しい。
 本当はそう思ってます。
 本当はとてもこわい。
 あなたとお別れをすることも。
 あなたと二度と会えなくなくなることも』

 ──夏帆。

 『病気を治して、あなたとまた逢いたい。
 あなたとまた一緒に恋坂に行きたい。
 あなたと一緒に未来に行きたい。
 あなたと未来を共に歩みたい。』

 ポタッと便箋に雫が滴る。
 ジワリとかわいらしい文字が滲む。
 静かな嗚咽が漏れ、背中が刻むように震える。

 ──俺は待ったよ。君がどういう病気でも、俺は待ったよ。
 ──俺も一緒に未来を歩みたかった。
 ──でも、もうあまりにも遅すぎた。

 落涙が止まぬまま、一颯は最後の便箋に目を落とす。

 『こんなわがままな私は本当に最低です。
 あなたのためとも言いながら、待ってて欲しいとも言う。
 本当に最低な人間です。
 だから、あなたの判断に委ねさせてください。
 あなたがもし待っていてくれるというなら、病院にお便りをください。
 私が許せない時は、そのままさよならしてください。
 それで全然かまいません。
 病気を盾にとる卑怯なことを言っている自覚はあります。
 でも、だからこそ私は直接この事を伝える勇気が出なかったんです。
 ごめんなさい。
 だって、優しい颯くんはきっと「待つ」と言うと思ったから。
 だからこんな試すようなことをする、狡い私を許さなくていいです。』

 ──俺こそ、俺こそ許してくれ。
 ──君をずっと待たせ続けたことを。

 『颯くん。
 ごめんね。こんなやり方をとって。
 ごめんね。最低なやり方で。

 颯くん。
 これから、私達がどうなるかわからないけど、走ることは続けてね。
 颯くんが走る姿が、私のなによりの宝物だから。
 あなたの走る姿を見ることが、私の幸せだから。
 それだけはお願いしてもいいかな。

 明日は最後のデートになるのかな?
 それとも、またデートできるのかな?
 どういう結果になっても、私は後悔しません。
 私は精一杯、恋をしたから。
 颯くんと、精一杯恋をしたから。
 だから、颯くん、私と恋してくれてありがとう。
 私に幸せをくれて、ありがとう。
 あなたに会えたことが、パズルしかなかった私の人生の中で、一番最高の出来事でした。
 愛しています。颯くん。
 本当にありがとう。

 かしこ
 新城夏帆』

 ──走ったよ。
 ──走り続けたよ。
 ──でも、俺は逃げた。逃げ続けた。
 ──君は俺に言葉を残してくれていたのに、俺はずっと逃げ続けて、それに気づくことすらできなかった。

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