最終話 somewhere,again (6)

文字数 1,536文字

 『颯くんへ』

 ──久しぶりにその呼び方で呼ばれたな。
 ──本当に懐かしいよ。

 一颯はこの呼び方は、付き合った女性には誰一人として許さなかった。それは一颯にとっての特別であり、不可侵の聖域なのだ。

 『颯くん、夏帆です。
 お久しぶり、それともちょこっとぶりなのかな。
 どちらにしても、いまこうして読んでもらえているのなら、この手紙は颯くんに届いたってことだよね。
 だから私はとっても嬉しいです!』

 ──ごめんよ、夏帆。
 ──10年も待たせて。
 ──君の伝えたかったことを聞くことを、こんなにも待たせてしまった。

 『颯くん。引っ越しごめんね。
 本当はね、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずーーーーーーっと、颯くんと一緒にいたかったです。
 ちょっとしつこいね (汗)
 引いちゃったかな? (笑) てへっ許してね (ペロッ)』

 ──許すもなにも、俺がおまえに怒ったり、引いたりするわけないじゃないか。

 『颯くん、この手紙を書いている今も私は迷っています。
 こうして手紙で伝えるべきなのか、それともきちんとあなたに直接伝えるべきなのか。
 でも、こうしてあなたが読んでいるということは、意気地がない私はきっと手紙を選択したのでしょう。
 颯くんと違って何もない私は、勇気がない臆病者なのです。』

 ──なにもない?
 ──俺こそ、なにもない。夏帆はたくさん持ってたじゃないか。
 ──将来の夢だって、立派な趣味だってあった。
 ──君は自分のことを、そんなふうに思っていたのか。

 『でも一つだけ、いまの自分を褒めてあげたいことがあります。
 それはあなたに告白をしたことです。
 勇気がない臆病な私だけど、あれだけは渾身の勇気を振り絞りました。
 だから他のことは手紙にしますけど、これだけは認めてほしいな(笑)
 ずうずうしいかな?』

 ──違う。とっても勇気があるよ。
 ──君はすごいよ。俺には告白なんて、とてもできやしなかった。

 口元を緩め、一颯は二枚目の便箋を捲る。


 『颯くん。
 ここからがあなたに伝えたいことです。
 実は私はあなたにずっと黙っていたことがあります。』

 ──黙っていた?なにを?

 『私は幼い頃から若年性深部動脈血栓症という病気を患っています。』

 ──病気?

 『これは私のような子供がかかるのは、とても珍しい症例なのだそうです。
 病気のために幼い頃はずっと家と病院の繰り返しでした。
 最近は投薬治療で、ずっと症状を抑えられていたんですけど、二ヶ月前から少し数値が悪くなってきていたんです。』

 ──まさか、だって君はそんな素振りをまったく見せなかったじゃないか。

 『私の病気がどういうものかというと、不整脈の類いです。
 私は冷たいものを飲むことができないんです。』

 ──冷たいものが飲めない?
 ──たしかに言っていた。でもそれは苦手だからと、君は言っていた。
 ──苦手ではなく、飲めない?

 『10℃以下の冷たいものを体に取り込むと、たちまち血栓が体の中に出来て、最悪の場合は死に至ります。
 なぜそうなのかは、いまだに原因が解明されていません。』

 ──だから、夏でも冷たいものを君は飲まなかったのか。危険だったから。

 『だから、今回の引っ越しはお父さんの仕事の都合ではなく、私の病気を治すための引っ越しなんです。』

 ──そんな、そんな事情があったならどうして話してくれなかったんだ。

 『颯くん。びっくりした?
 そりゃあ、びっくりするよね。
 付き合ってる人間がそんな変な病気だなんて』

 ──変な病気って、そんなこと思うわけないじゃないか。
 ──夏帆がどんな病気でも、どんなに遠くにいても、俺は君と別れたくはかった。

 一颯の目元がじわりと滲む。目を拭い、一颯は三枚目の便箋を捲る。

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