第二話 memory (9)

文字数 653文字

 前略 滝川 一颯様

 この手紙を頭の中で呟くのも、たぶん今日が最後です。
 もう手が上がらないんです。
 一週間前から、急に体調に変化が生じました。
 父と母と妹が慌ただしく、私の周りで涙を流しています。
 声を掛けることもできず、ただ笑うことしか私にはできません。
 ねえ、颯くん。
 最後の映画で、泣いてごめんね。
 トーマスの突然の死が、自分と重なって、怖くて、泣くのを止められなかったの。
 死んでしまったら、颯くんにはもう逢えないと思うと、怖くて立ち上がれなかったの。
 棺のシーンは本当に怖かった。
 棺の中のトーマスにすがりつくヴェーダ。
 棺にいるのが私で、そこにすがりつく颯くん。
 そう思うと、もう涙が止まらなかった。
 優しい颯くんはずっと慰めてくれて、私はその優しさにまた涙が止まらなくなったの。

 ねえ、颯くん。
 逢いに行けなかったよ。
 最後に一目逢いたかった。

 ねえ、颯くん。
 私、颯くんと逢えてしあわせだったよ。
 たくさんたくさんしあわせだったよ。

 ねえ、颯くん。


 お母さん達の声が、もうぼんやりとしか耳に届かない。
 白かったはずの天井が暗色に見える。
 そろそろなのだろう。
 私はふいに、けれど確実に理解した。
 まどろむ視界に呼応するように、私はゆっくりと瞼をとじる。
 ゆっくりと、ゆっくりと、まるで赤ん坊が母の手の中で眠るように、ゆっくりと、ゆっくりと。


「夏帆?」
「お姉ちゃん?」
「いやぁぁあああああ、夏帆ー」


 ねえ、颯くん。

 私が生まれ変わったら──

 ──きっとどこかで、また──

 ──逢ってくれる?

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