最終話 somewhere,again (4)

文字数 1,472文字

 次の日、一颯は福岡行きの新幹線の自由席にいた。
 大会を明日に控え、自分でも自らのどうしようもない愚行に呆れていた。
 行ってどうにかなるものでもない。
 しかし、行かないと深い後悔が残る、それだけは予感のように理解できていた。
 昨日見た映画館の閉店の報。
 東京にいても、地元のニュースにも目を通していたことが功を奏した。
 彼女と何度も行った映画館の閉店の報せ、それも閉店が明日となれば、もう逡巡することはなかった。
 あの場所は強制的に一颯の記憶から彼女を甦らすので、別れてからはずっと意識的に避けてきた。
 今日の訪問も別れて以来のことなので、およそ10年ぶりとなる。
 一颯にとっては、青春の楽しさと別れの辛さが混在して記憶している場所。天国でもあり、地獄でもある場所。
 一颯と彼女は、常にと言っていいほど、デートは映画だった。
 中学生が毎回デートで映画など、とてもこづかいの範囲内でやりくりできることとは思えないが、そこにはあるからくりがあった。
 一颯と彼女が常連だったシネマ恋坂は、学割とは別に隣接している喫茶店と提携して、『恋人割』というサービスを行っていた。カップルが喫茶店のレシートか映画の半券を提携先でそれぞれ提示すると、割引を受けることができるという、カップル専用のサービスだ。
 普通ならばどちらか片方の店でしか、その『恋人割』は受けられない。半券かレシートが必要なため、割引は後から行く店で受けることになるからだ。
 しかし、一颯達は常にどちらの店も利用していたので、喫茶店のマスターと映画館のオーナーから、それぞれ顔パスで学割と恋人割を受けていた。
 中学生の一颯達にとっては、それはとてもありがたく優しいサービスだった。
 一颯達は二人のことをとても慕い、いつも感謝していた。
 一颯は以前、彼女からその『恋人割』の由来を聞いたことがあった。
 喫茶店のマスターと映画館のオーナーは学生時代に恋人同士だったが、親がそれぞれ結婚相手を決め、泣く泣く別れたのだそうだ。しかし、お互いに結婚生活は長くは続かず、オーナーは映画館を継ぎ、その隣の土地を喫茶店のマスターが購入し、その場所に『未来』という喫茶店を建てた。
 互いにもう結婚することはないが、せめてこの場所を訪れてくれる恋人達を応援しようと始めたのが、『恋人割』なのだ。
 彼女はこの話を聞いて、ますます未来と恋坂が好きになったと言った。
 ふいに一颯は、この会話のときの彼女の言葉を思い出した。
 彼女はこの話を聞いた時、一人で未来に行ったと言っていた。いまにして思えばなぜと、一颯は疑問が湧く。
 彼女はこう言っていた。
 『この前、一人で未来に行ったときにマスターに聞いたんだ』
 一颯が、『一人で行ったの?』と訊くと、
 『ああ……うん。引っ越す前にもう一度ね。でも颯くんは、その時部活だったから』
 と、なにか言葉を濁していたような気がする。
 なにかが腑に落ちない。
 一颯は彼女の行動に、今更ながら釈然としなかった。
 一颯の記憶の中の彼女は、あまり一人で出歩くような人ではなかった。
 趣味はジグソーパズルで、一颯と付き合い始めるまでは、外で遊んだことはほとんどなかったと語っていた。
 彼女が一人で未来に行くのならば、なにかしらの理由が存在したのではないだろうか。
 いままで未来と恋坂のことは意識的に避けてきたため、ここまで鮮明に回想することはなかった。
 10年経って気づく事柄もあるものだろうか。曖昧な記憶を自分が都合良く改竄しているのかもしれない。
 でも、たしかめたい。一颯は強くそう思った。

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