第33話 台風一過 その四

文字数 1,486文字


「あはは……それは間抜けな話だね、ユウタ」
 てっきり、そう言って、笑ってくれると思いきや、存外、久美子さんはくすりともしていなかった。いや、それより、彼女は黙って、頬をぷくっと膨らませ、雄太の話に耳をかたむけていた。 
 な、なんだよ、そのツラ⁈
 肩透かしを食らった雄太さっぱり合点がゆかぬという顔をして、久美子さんを見る。
 一瞬、二人の視線が絡み合う。
 けれど久美子さんは、雄太の視線をスッと横に逸らすと、ソファーの背もたれに身体を預けて、よっこらしょ、という感じで足を組んだ。
 それを見た雄太は一瞬顔をしかめた。と同時に、内心こうつぶやきを洩らした。
 昔は、あんなにカッコよかったんだよなあ……久美子が脚を組んだらさ、と。
 スラリと伸びた長い肢。それを、久美子さんが颯爽と組む仕草――。
 ほんとうに、カッコよかったのだ。若かりし頃の久美子さんは、なんともいえずその振る舞いが様になっていた。
 それが、いまでは、どうだ――。
 まだ、肌は許される。依然、若かりし頃の白さを保っているから。
 しかしながら、むやみやたらふくよかになった、その太さがいけない。いたずらに贅肉がついて、だらしなくたるんだ、その肉づきのよさが……。それこそ、これでは大根足を地でいくようなものだ。
 そんな大根らしき足を組まれても、イタイんだけなんだよなぁ……。
 雄太はそう思うから、顔をしかめる。
 でもな――苦笑を含みながら、雄太は思う。
 そんなこと、久美子には口が裂けても言えないんだけどね、というふうに……。

 
 相変わらず、久美子さんは脚を組んだまま、頬をぷくっと膨らませている。
 そればかりではない。それにくわえ、腕も組んで、どこか遠くを見るような目つきをしている。
 なんだか嫌な予感がするよなぁ……。
 ふとそう思って、雄太はいかつい眉をひそめる。
 久美子さんがこういう仕草をしているときは、おうおうにして記憶の糸を手繰り寄せようとしているときなのだ。
 では、雄太はなぜ、久美子さんがそうしているのを見ると、なんだか嫌な予感がするのか――。
 というのも、彼女は、人一倍負けず嫌いな性分をしていたからだ。
 だから、またあれじゃない――こんな具合に懸念するから、雄太は眉間に皺を寄せる。
 たぶん、オレに対抗しようとしてるんだよ。自分にも何か間抜け話がなかったか、ってね。それを探ろうとして、久美子のやつ、こんな態度してるんだ。
 そう雄太は思うから、眉間の皺が、無意識のうちに、より深くなる。
 いや、待てよ――唐突に、雄太は不安な気持ちに襲われた。
 久美子の負けず嫌いといったら、半端ない。だとしたら、それよりむしろ――いやいや、いくらなんでも、それはないだろう……。
 雄太は強く首を横に振って、その想像を追い払おうとする。
 怖かったのだ。これ以上、その想像を押し広げるのが、雄太は――。
 もっとも、それも一つの要因では、ある。しかしそれ以上の要因も、雄太には、あった。そう、彼はとても、めんどくさがり屋でも、あったのだ。
 なので、どちらかというと、それについて深く考えるのが億劫だった、というのが正解に近しいようだ。
 というわけで、雄太は、それを敷衍するのをいとも簡単にあきらめる。代わりに、雄太は最初の懸念を、久美子さんに、おずおずとぶつけるのだった。
「あ、あのさあ、久美子……ひょうとして、キミにも、オレと同じような間抜けな話があって、それを手繰り寄せようとしているから、そんな顔してんの?」 
 ふいに、夢想を破られた久美子さんは、雄太に、わざとらしく、ゆっくりと(こうべ)をめぐらせた。


つづく
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