第7話 蛙の子は蛙 最終章

文字数 1,471文字


  ぼくは、いったん、グランドから目を離して、隣にいる翔太に一瞥をくれた。
 彼の眼差しはもう、グランドに向いていなかった。代わりに、眼差しまでしゅんとうなだれて、足元の地面に落ちていた。
 しょせん、蛙の子は蛙ってことかぁ――ぼくは内心ため息交じりにつぶやく。
 ごめんな、翔太。父さん蛙は、野球がヘタクソで。子蛙のおまえがヘタクソなのは、おまえのせいじゃない。父さん蛙のその、DNAのせいなんだ……。
 澄み渡った青空の下、親子蛙そろって、しゅんと肩をすぼめて、うなだれる。
 でもな、翔太――うなだれていた(こうべ)を、ぼくはひょいと挙げる。
 あいかわらず、しゅんとしている翔太に、ぼくは心の中で囁きかける。
 たしかに、父さんは野球がヘタクソな少年だった。それでも、まあ、人にはそれぞれ得手不得手ってもんがあるんだ。
 父さんは不得手な野球には、くやしかったけれど、とっととあきらめをつけた。その代わり、得手なものを見つけて、それを一生懸命磨いてきた。だからこそ、こうしていま、幸せでいられるんだ。
 もちろん、小学三年生の翔太には、自分の得手なものはまだわからないかもしれない。けれど、いずれ、おまえも自分の得手なものを見つけるときがくる。
 野球がヘタクソなのは、父さんのせいだから、まあ、あきらめろ。代わりに、自分が見つけた、その得手なものを伸ばせばいいんだ。
 父さんはな、最近、つくづく思うんだよ。
 カミサマってのは、存外、粋な方じゃないのかな、ってな。
 なぜかというとさ、人の幸不幸の帳尻を、カミサマは最終的に合わせくれてるんじゃないのかな、って思うんだ。
 不得手なもので失敗する。で、不幸な気分を味わう。けれども、得手なもので成功して、不幸な気分は帳消しになる。
 そんなふうに、カミサマは人の心を、結局のところは幸福な気分で満たしてくれてるんじゃないのかなぁ、って思うんだ。
 だから、元気を出せよ。
 おまえも、いつか、得手なものを見つけて、幸せな気分が味わえる日がくるさ。
 だから、くよくよしてないで、元気出せよな、翔太!
 
 
 
 このように、翔太を心の中で励まし、ぼくは一人悦に入っていた。
 するとそのとき、あんまり歓迎しない人の顔がふいに、ぼくの念頭に現れた。
 するとその人は、いつものように、いじわるっぽい目つきで、遠慮なく、憎まれ口を叩くではないか。その人とはだれあろう、うちの奥さんだ。
 あら、あなたに得手なものが一つでも、あったかしら?
 ね、ほら、こうだもの。ほんとうに口が悪いんだから……。
 あのねぇ――唇を尖らせて、ぼくは切り返す。
 おまえはいつも、ぼくが気の利いたことを口にして一人悦に入ってると、こうして、どこかからひょっこり現れるんだ。それでもって、皮肉な口調でぼくをバカにして、嘲笑っていやがる。腹立たしいにもほどがあるよ、まったく。
 よーし、こうなったら、あれだ。おまえなんか、ぼくのバットで遠い空の彼方まで、ぶっ飛ばしてやる。えーい、覚悟しろ!!!
 あらあら、そんなに強がっちゃって……。はたして、あなたに、それができて? できっこないわよね。
 ほら、だって、あなたのその、ちっちゃなバットじゃ……あ、もとい、へたっぴーな野球センスじゃ、どうせ空振りするのがオチだもの、オホホホホ。
 ううう、正鵠を射ているだけに、ぐうの音も出ねぇ……ち、ちくしょう!!
 
 
「ストラック、アウト~!」
 まさにそのとき、目の前でプレーしている少年が空振り三振に倒れ、無念をにじませた声で、その真情を吐露した。
 ち、ちくしょう……。
 
 
おしまい
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