第14話 僥倖は性を伐つの斧なり 其の一
文字数 1,692文字
頬の肉をだらしなくたるませながら、派手な造りの椅子にふんぞりかえって座っている、小太りの初老の男。
さっきから、この男に、実に
むかしむかし、ある所に大変慈悲深く誠実な猿の王様がいました。ある夜、その王様は井戸の底の水に、月影が映っているのを見て、驚きます。「大変だ、月が落ちてしまった」。王様はさっそく国にいた五百匹の猿すべてに動員をかけ、月を拾い上げることにしました。井戸の上に伸びている木の大枝から、五百匹の猿が手をつないで深い深い井戸の底まで数珠つなぎになって、何とか月を拾い上げようとするのです。ところが猿の重みで枝が折れ、哀れ猿は全員溺れ死んでしまったのでした――。
「あっはは」
初老の男が、天を仰いで笑った。
にしても、この男、頬の肉もさることながら、いたずらにぽっこりと突き出た腹もまた、だらしない。その腹をさすりながら、男が言う。
「愚かな王ではないか。井戸の底の水に映った月影を見て、月が落ちたと勘違いするなぞ」
男は
この話を、精悍な顔立ちをした男が小太りの男に披露する、その一歩手前の場面――。
ここは、やたら煌びやかで、おまけに、むだに大きな造りをした、とある王国の城。
その玉座の間で、初老の男が――実は彼、この国の王様で、先ほど、精悍な顔立ちをした男を呼びつけ、こう命令していたのである。
「これ、何か愉快で、それでいて、有意義な、そういう話を
これが、精悍な顔立ちをした男が、
ちなみに、精悍な顔立ちをした男は、この王様の側近中の最側近であった。
ところで、件の話は、何やらいわくありげのようではないか……。
では、その裏に、どのようないわくが潜んでいるのだろう。
それを、例の側近がいままさに、王様に陳べている。
ちょうどいいので、それに耳をかたむけてみることにしよう。
側近が、語る。
「これは、ある国に伝わっている説話です。この中で、猿の王様は、大変慈悲深く誠実な者とされています。それは、とりもなおさず、徳が高いということでもあります。だとすれば、人望(?)もさぞや厚かったことでしょう。しかしながら、いかんせん、この王様には知恵が伴っていません。なにしろ、井戸の底の水に映った月影を見て、月が落ちたと勘違いしいるのですから」
側近はそこでことばを切って、水の入ったグラスに手を伸ばした。彼はそれで、喉を潤してから、こうつづけた。
「しかも、この王様は
「なるほどのう、これは、愉快で、有意義な話であったぞ、側近よ」
顎に蓄えた見事な髭をなでながら、王様はそう言うと、さらにことばをつづけた。
「もっとも、その点、儂は徳のみならず知恵者ともっぱら評判じゃ。したがって、この猿の王様のような失態を演じることはよもやあるまい。のう、側近よ」
「御意」
間髪を入れず、うなずいた側近は、うやうやしく首を垂れた。
がしかし、その態度は、あくまで建前であった。
なにしろ、この側近は首を垂れながらも、その実内心鼻で笑って、こんなつぶやきを洩らしていたのだから。
ふん、徳のみならず、などとは
けれど、それにしたって、なぜ、この側近は、こんなつぶやきを洩らしているのだろう。
思うに、彼の、この態度は面従腹背というもので、王様に対する背徳行為ではあるまいか……。
つづく