第11話 悪業の猛火 其の四

文字数 1,298文字

 それぞれの男たちの傍らに、大きなバッグが置いてある。中を見ると、そうとうな数の札束が目に入る。
 ざっと見積もっても、二億はくだらないのではなかろうか。それが、二つ。となれば、四億もの金があることになる。紙幣にすれば四万枚だ。
 だが、それもすでに、およそ半分が灰と化してしまっている。それを、瘦せっちょは、しばらくの間、浮かない眉をひそめて眺めていた。
 すると、だしぬけに、太っちょが「え⁈ お、おい、おまえ、なにをしてるんだ!!」と驚いたような声をあげた。
 ふん、やっと、お目覚めかい。
 瘦せっちょは鼻で笑って、太っちょに、おもむろに目をくれる。
「そ、それ、お、おまえ……」
「ああ、とうとう、薪が底をついたんでな……これを燃やして暖をとってたのよ」
「だ、だからといってさ……」
 太っちょが唇をとがらせて訴える。
「あんなヤバいことをしてまで手に入れた上に、ずいぶんと苦労を強いられてここまで運んできた、そんな大事な金だよ。それを、火にくべるなんて、もったいないと思わないのか。オ、オレのはいやだかんな……」
 そう言って、太っちょは、自分が運んできたバッグにしがみつく。
 やれやれーー力なく首を振って、痩せっちょは「なにいってやがる」と吐き捨てるように言った。
「命あっての物種だろうが。それに、オレがこうして寸時もゆるがせにせずに紙幣をくべて暖をとってやったから、おまえは凍死せずにすんだんだ。むしろ、感謝してほしいぐらいだぜ」
 話しながら、瘦せっちょは口が酸っぱくなった。
 いま、こうして命の危険にさらされているのはだれでもない、瘦せっちょ自身が、その要因をつくったのだから。
 
 
 だとしても、ここで弱気になるわけにはいかねぇ。
 そんなふうに、自分を鼓舞した瘦せっちょは、それにな――と低い声で、ことばをつづけた。
「しょせん、紙幣なんて幻想にすぎないんだ。ことに、こんな山奥の掘立て小屋の中じゃ、なんの価値もない、ただの紙屑なのさ」
 そう言って、瘦せっちょは、手にしていた紙幣をびりびりと二つに破って、囲炉裏の中の焔にくべた。紙幣は、見る見るうちに燃え上がり、たちどころに灰と化した。
「いま、この紙屑の存在意義はな……」
 瘦せっちょは、さらに声を低くしてつぶやく。
「こうしてオレたちに暖を与えることしかないのよ。そもそも、紙幣なんてものはな……」
 そこでことばを区切って痩せっちょは、その手をバッグの中に突っ込んだ。けれどすぐに、チッ、と舌を打った。バッグの中の札束が底をついていたからだ。
「おい!」
 痩せっちょが目くじらを立てて、太っちょに怒鳴るように言う。
「それをこっちに寄こすんだ!!」
「こ、これは……」
 太っちょは言い淀む。
「いいから、はやく、こっちに寄しやがれ!!」
 瘦せっちょが、無理やり、太っちょからバッグを奪い取ろうとする。
「い、いやだ、こ、これは、これだけは……」
 太っちょは咽び泣きながら、必死になって抵抗する。
 なんだ、こいつ――ふと、瘦せっちょは考える。
 こうも抵抗するところをみると、ただもったいないというわけではなく、なにかわけありのようだな、というふうに。
 
 
つづく
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