犀座狩り 6月22日(深夜)
文字数 2,151文字
若い馬賊の男達は口先だけで信頼できない。野生の犀座を見つけるのはそう容易いことではないというのに、奴らには待つ忍耐も探す根気もない。そのくせ拘束した時間に対しての金の要求はきっちりとしてくるのだ。一頭の犀座も捕まえられなかったとしても。
だから安土 は今回の仕事に馬賊は雇わなかった。まあそういった理由以外にも、ここ犀座騎兵団の基地で、派手に何人も動き回ることはできないというのも大いにあったわけだが。
今、安土は犀座小屋の裏手の、赤い実をつけたイチイの木のそばに息を潜めて隠れていた。野生の犀座は夜の方が活発に行動するが、騎兵団の犀座は他の運送会社の犀座と同じく昼間人間達の言うことを聞き、夜は眠るのが習慣のようだ。寝付けない、あるいは目を覚ました犀座が一頭でも小屋から出てこないか、安土は待っていた。ここに留まってもう三時間。小屋は静まり帰ったままで、周囲の木々は高い位置から安土を見下ろしている。時折きりっと冴えた夜風が吹いた。木の葉のかさかさと擦れ合うその音が、待ちぼうけをくらっている安土を見て陰口をささやいているように聞こえた。
「どうせ収穫は期待できねえよ」
小さく悪態をついた。
昨晩失敗した仕事、山で捕まえ損ねた鉛色の犀座について考えた。あれほど美しい艶を持った犀座は初めて見た。その皮膚はまるで本当に薄い鋼鉄の鎧をまとっているかのようだった。痺れ薬を塗った矢で捕らえようとしたが、少々の傷を負わせたぐらいでは動きを止めなかった。山中を素早く駆けていき、追いかけたが見失ってしまった。あれは野生の犀座だったのか?いや、きっと手入れされている。飼われているが逃げ出したのだろう。鉛色種は一般家庭でも運送会社でもなかなかいない。騎兵団で飼われているとしか考えられないが、犀座行進で見かけたことはない。それに敷地を出て野山をうろつくということがあるだろうか?
安土は騎兵団の管理体制に考えを巡らせたが、中断せざるを得ないことになった。人が来たのだ。と、いうより始めからそこにいたようだった。
「小屋の中にいたのかい?いつもは無人のはずだが」
安土は犀座小屋から出てきた女に話しかけた。
「犀座小屋は私か武伏が毎晩見張りについているわ。知らなかった?」
杏那は立ち止まらずに安土のいる方へ歩いていた。安土は腰の短刀に手をかけようとしている。この時点で、彼はまだ計画を続行させるつもりでいるのが杏那にはわかった。自分を女だと思って油断しているのだ。
「今日はあんたが見張りの番か。それは残念だ」
安土の台詞。杏那にはラッキーと言っているように聞こえた。
「あきらめて帰りなさいよ」
杏那は少々苛立ち気味に言った。
「まあまあ、一つ教えてくれ。引退した戦闘犀座はどうなるんだ?まさか町の運送会社に売るってわけじゃないだろう?」
安土は腰の短刀から手を離し、迫ってくる杏那に両手を上げて、無害であることを示そうとした。杏那は立ち止まり、ため息をついて言った。
「私にはあんたが犀座狩りをしに来た賊に見える。外国へ売り飛ばす目的で。引退後の犀座で、この0境国で事業を興そうとしているようには見えないわよ」
「はっはっは!そりゃそうだ、犀座ビジネスの話なら昼間に来るべきだしな」
遠くの木から鳥が飛び去る音がした。安土はマントの下から黒く長い何かを取り出した。杏那は背中に背負った剣に手をかけ、素早く抜いた。二人の距離はわずか数メートルで、黒い物体が何かわからないまま杏那は安土めがけて突進した。杏那が斬りかかるより早く、パァンと激しい音が一発鳴った。
静寂。火薬の臭いがした。猟銃は真っ二つになって地面に落ちた。安土は猟銃が勢いよく弾かれた拍子に、変な方向にひねった左手首をぶらぶらと振っていた。
「外したか」
気だるそうな独り言だった。
「犀座小屋を狙ったわね」
杏那の鼓動は早く、声は怒りで震えていた。
「のつもりだったが。この国でこういうもん持つのは禁止だからな。あんたも見慣れないしまさかと思っただろう。だがそのわりに動きは速かったな、さすがだ」
杏那は今一度剣を向けようとした。今度は安土本人を狙うつもりで。しかし踏み出す瞬間杏那はハッと息を呑み、一歩後退した。彼女と安土の間の草地に突然矢が放たれたのだった。一瞬矢に釘付けになったが、視線を前方に戻すと安土はすでにその場を離れ、犀座小屋の柵を乗り越えようとしていた。
「ひとりじゃなかったのかよ!じゃあなお嬢ちゃん!」
がたいの割に素早く柵を越えた安土に、二発目と三発目の矢が放たれた。結局一発も命中することなく、安土は暗闇に姿を消した。
杏那は後ろを振り返り、木立の並ぶ高い位置に目を凝らした。人影は見えなかった。
「武伏か」
杏那は低い声でつぶやいた。気に入らない調子で。
犀座小屋から一頭、顔を出していた。銃の音で目が覚めたのだ。きっと小屋の中では何頭か起きてしまっているに違いない。杏那は犀座を寝かしつけるために訓練士を呼ぼうかと考えた。が、それも何か変な気がした。武伏は出てくるつもりはないだろう。とにかく犀座が小屋から出ないようにしなければ。今夜の見張り当番は自分なのだから。
だから
今、安土は犀座小屋の裏手の、赤い実をつけたイチイの木のそばに息を潜めて隠れていた。野生の犀座は夜の方が活発に行動するが、騎兵団の犀座は他の運送会社の犀座と同じく昼間人間達の言うことを聞き、夜は眠るのが習慣のようだ。寝付けない、あるいは目を覚ました犀座が一頭でも小屋から出てこないか、安土は待っていた。ここに留まってもう三時間。小屋は静まり帰ったままで、周囲の木々は高い位置から安土を見下ろしている。時折きりっと冴えた夜風が吹いた。木の葉のかさかさと擦れ合うその音が、待ちぼうけをくらっている安土を見て陰口をささやいているように聞こえた。
「どうせ収穫は期待できねえよ」
小さく悪態をついた。
昨晩失敗した仕事、山で捕まえ損ねた鉛色の犀座について考えた。あれほど美しい艶を持った犀座は初めて見た。その皮膚はまるで本当に薄い鋼鉄の鎧をまとっているかのようだった。痺れ薬を塗った矢で捕らえようとしたが、少々の傷を負わせたぐらいでは動きを止めなかった。山中を素早く駆けていき、追いかけたが見失ってしまった。あれは野生の犀座だったのか?いや、きっと手入れされている。飼われているが逃げ出したのだろう。鉛色種は一般家庭でも運送会社でもなかなかいない。騎兵団で飼われているとしか考えられないが、犀座行進で見かけたことはない。それに敷地を出て野山をうろつくということがあるだろうか?
安土は騎兵団の管理体制に考えを巡らせたが、中断せざるを得ないことになった。人が来たのだ。と、いうより始めからそこにいたようだった。
「小屋の中にいたのかい?いつもは無人のはずだが」
安土は犀座小屋から出てきた女に話しかけた。
「犀座小屋は私か武伏が毎晩見張りについているわ。知らなかった?」
杏那は立ち止まらずに安土のいる方へ歩いていた。安土は腰の短刀に手をかけようとしている。この時点で、彼はまだ計画を続行させるつもりでいるのが杏那にはわかった。自分を女だと思って油断しているのだ。
「今日はあんたが見張りの番か。それは残念だ」
安土の台詞。杏那にはラッキーと言っているように聞こえた。
「あきらめて帰りなさいよ」
杏那は少々苛立ち気味に言った。
「まあまあ、一つ教えてくれ。引退した戦闘犀座はどうなるんだ?まさか町の運送会社に売るってわけじゃないだろう?」
安土は腰の短刀から手を離し、迫ってくる杏那に両手を上げて、無害であることを示そうとした。杏那は立ち止まり、ため息をついて言った。
「私にはあんたが犀座狩りをしに来た賊に見える。外国へ売り飛ばす目的で。引退後の犀座で、この0境国で事業を興そうとしているようには見えないわよ」
「はっはっは!そりゃそうだ、犀座ビジネスの話なら昼間に来るべきだしな」
遠くの木から鳥が飛び去る音がした。安土はマントの下から黒く長い何かを取り出した。杏那は背中に背負った剣に手をかけ、素早く抜いた。二人の距離はわずか数メートルで、黒い物体が何かわからないまま杏那は安土めがけて突進した。杏那が斬りかかるより早く、パァンと激しい音が一発鳴った。
静寂。火薬の臭いがした。猟銃は真っ二つになって地面に落ちた。安土は猟銃が勢いよく弾かれた拍子に、変な方向にひねった左手首をぶらぶらと振っていた。
「外したか」
気だるそうな独り言だった。
「犀座小屋を狙ったわね」
杏那の鼓動は早く、声は怒りで震えていた。
「のつもりだったが。この国でこういうもん持つのは禁止だからな。あんたも見慣れないしまさかと思っただろう。だがそのわりに動きは速かったな、さすがだ」
杏那は今一度剣を向けようとした。今度は安土本人を狙うつもりで。しかし踏み出す瞬間杏那はハッと息を呑み、一歩後退した。彼女と安土の間の草地に突然矢が放たれたのだった。一瞬矢に釘付けになったが、視線を前方に戻すと安土はすでにその場を離れ、犀座小屋の柵を乗り越えようとしていた。
「ひとりじゃなかったのかよ!じゃあなお嬢ちゃん!」
がたいの割に素早く柵を越えた安土に、二発目と三発目の矢が放たれた。結局一発も命中することなく、安土は暗闇に姿を消した。
杏那は後ろを振り返り、木立の並ぶ高い位置に目を凝らした。人影は見えなかった。
「武伏か」
杏那は低い声でつぶやいた。気に入らない調子で。
犀座小屋から一頭、顔を出していた。銃の音で目が覚めたのだ。きっと小屋の中では何頭か起きてしまっているに違いない。杏那は犀座を寝かしつけるために訓練士を呼ぼうかと考えた。が、それも何か変な気がした。武伏は出てくるつもりはないだろう。とにかく犀座が小屋から出ないようにしなければ。今夜の見張り当番は自分なのだから。