ファイアノイドからの手紙 6月24日

文字数 1,594文字

 国王の葬儀から三週間後のことだった。朝の宿舎周辺を歩く日課を済ませた九九は、自室兼仕事部屋で書き物をしていた。外の廊下から足音が聞こえる。自分の部屋に来る人間はだいたい決まっている。
 コツコツコツ。
 そして三回扉を叩く者も決まっている。
「どうぞ」
 微風が入ってきた。深緑色の封筒を持っている。
「またファイアノイド?」
「ええ」
 前回と同じ封筒。ファイアノイドからいい報せなど期待できない。九九は手紙を受け取ったが開封するのをためらった。すぐに部屋を出ようとした微風は、九九がいつものシルクハットを被っていないことに気づいた。
「読む気がしない」
 手紙はすぐに不要品入れに捨てられた。不要品入れは銀色のバケツで、九九が子供の頃拾ったガラクタだった。
「大人げないですよ」
 上司には口出ししない主義の微風だったが、どうにも無視できなかった。
「手紙を捨ててあとあと困るのは僕だ。君らには、」
「あなたが困ると我々も困ります」
「僕が君達に泣きついたことがあるか?」
「あります。二年前0境国で行われた五十鈴国と千日国との国際会議で、九九様が戦闘犀座否定派を表明した時、兵器扱いと言ったことで他国からの犀座に対するイメージをずいぶんと悪いものにしてしまった。国王に恥をかかせたとし、『0境国の歴史における民と犀座の共存』に関する論文を徹夜で書かされたではないですか。あの時は私達の何人かも手伝いました」
「その論文、君達のおかげで超大作になって図書館に寄贈しないかと話がきた。しかし僕の考えの逆を述べた論文だ。書かされたこっちは屈辱で不本意だ。断ったら送り返された。結局何のために書いたのか」
「そして昨年から国際会議に呼ばれなくなりました」
「ははは・・・僕はそのうち首を切られるかもな」
「そうなっては困りますから、ファイアノイドからの手紙も面倒がらずに読んでください」
 九九は渋々手紙を拾い上げ開封した。微風は彼が中身を確認するまで見届けることにした。
 手紙を読み終えた九九は沈黙したままだった。内容が気になりながらも待つ微風。何か考えを巡らせているようだったが、九九は何も言わずに手紙を折りだした。その様子を微風は静かに見守っていた。どうやら紙飛行機のようだ。
「犀座騎兵団の訓練士が行方不明らしい」
 ようやく口を開いた九九は、立ち上がって窓辺に移動した。
「犀座訓練士が?」
「ああ」
 窓を開けると穏やかな風が入ってきた。九九は空にめがけて紙飛行機を飛ばした。
「不細工な作りのわりに」
「飛びますね」
 飛行機はふわふわと風にのって宿舎の敷地の外まで飛んだ。しだいに高度を下げて馬車道の脇に落ちていった。
「で?」
 微風は話の続きを促した。九九は外を見つめたまま言った。
「『騎兵団で飼っている六十頭の犀座達への影響が心配だ。国境警備隊へ訓練士を探す協力を要請したい』ということだ」
「・・・どうするおつもりです?」
 九九は頭をかきながら窓を閉めた。
「僕が犀座騎兵団をよく思っていないことを知っていながらなぜ協力を求めるのかわからない。しかし無視はできないだろ。明日ファイアノイドのとこへ行ってくる」
 読まずに捨てようとしたのに・・・と思いながらも微風はそこには触れずにおいた。気に入らないとはいえ、九九は国境警備隊以前の数年間、犀座騎兵団に所属していた。まだ幼い頃から二十歳まで、ファイアノイドの庇護にあったのだ。ファイアノイドとは犀座に対する考えが根本から違っていたため、二人は決別した。犀座を戦闘要員として育てることで0境国を屈強な国にしようと考えるファイアノイドと、犀座を戦闘のために育てるなど人間の手におえることではない、荷や人々を運ぶ役割を担いながら我々と共生すべきと考える九九。子供っぽいところがある九九は時に面倒がってファイアノイドに反発するが、結局は父親代わりだった彼の頼み事を断れないでいるのだった。
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