紫々からの手紙 9月

文字数 1,817文字

 犀座行進後、ファイアノイドは考えにふけっていた。国王は九九をかわいがっていたが、騎兵団にも目をかけてくれていた。どちらに傾くわけでもなく、公平に我々を見守ってくれていた。紫々は・・・ファイアノイドにはわからなかった。紫々の考えが。
 犀座騎兵団は真に0境国にとって必要か?このところ思考はいつもこの疑問にたどりつくようになっていた。朝来がいなくなってからか、いや、国王が亡くなってから考えるようになったか。それとももっと昔・・・九九がここを去ってからか・・・
 犀座騎兵団を結成させる前、ファイアノイド率いる騎兵団は貴族の護衛を生業としていた。当時は0境国随一の馬術と腕っぷしが取り柄の集団だった。しかし城の兵団の台頭により0境国の治安は良くなっていた。国王の御膝下である都での騎兵団の仕事はへり始め、ファイアノイドと仲間達は行き場を失いつつあった。

 “エドワードは実在しない”

 この事実を知ったのは偶然からだった。『庭』の存在すら知らなかったファイアノイドは当然犀座への関心も薄かった。騎兵団を大きな組織にするつもりもなかったが、仲間達の生活の保障はしてやりたかった。その事を国王に相談しに城へ出向いた時、国王から頼まれたのだ。
「犀座を騎兵団にゆだねよう。『庭』の住人達の仕事や生活の手助けは国が支援する。このまま犀座の世話を住人に任せてもよいが、実在しない人物をでっち上げてまで彼らをあそこに居続けさせたくはない。もっと良い生活をしてもらいたいのだ。0境国の住人として」

 “戦闘犀座” という言葉が生まれたのは、国王とのやりとりがあったこの日からだ。住人達の生活の向上。それ以上に自衛力強化という目的がそこにはあり、犀座を騎兵団にゆだねるという国王からの提案を初めて耳にしたにもかかわらず、ファイアノイドは新しい犀座像を語り始めた。以前から無意識の中にこうなる未来が見えていたかのように。国王からの思いがけない期待をかけられたファイアノイドはそれに応えるべく、戦闘犀座の育成と国を守ることに人生をかけた。

 朝来が失踪して季節は夏から秋へと移ろいを見せていた。国王亡きあと初となった先日の犀座行進(9月1日)では、久しぶりに明るい笑顔に満ちた人々に迎えられたことがうれしかった。ファイアノイド自身、葬儀から三ヶ月という期間でこのような催事を行うことが適切かどうか、民衆から受け入れてもらえるかという不安があった。しかしその不安は当日の熱気を受けて自信に変わった。やはり犀座行進は0境国の人々にとって必要であると。
 あれから数日が過ぎ、ファイアノイドの元に紫々王子から手紙が届いた。こんなことは初めてで、今まで何度か接触を試みたが(先日の犀座行進の日も)、一度もお目にかかれたことはない。なぜ今紫々からの手紙が来たのか。それはまぎれもなく、国王が亡くなったことに関係しているだろう。

『国境警備隊をなくし、騎兵団を新たなガーディアンとして迎えたい。しかし先代国王の面子のため国境警備隊をなくすことはできない。そこで騎兵団には国境警備隊とケンカしてほしい』

 幼い子供のような字で、これまた幼い内容の手紙だと思った。国境警備隊と犀座騎兵団が戦った場合、勝つのは犀座を持つ騎兵団だと、紫々はわかっていた。0境国国内で最強の兵力は犀座騎兵団である。国民にとっては犀座行進の華やかな部分、パレードで見せる新たな人と犀座の在り方が騎兵団に対するイメージの大半である。犀座行進という抜群の宣伝効果の一方で、国民にあまり浸透していない事実。0境国はいまや騎兵団に守られているようなものだった。犀座は九十八パーセントが0境国に生息しており、他国からすればその力は未知数だ。騎兵団が他国に対して表立った行動に出ないこともまた底知れない不気味さを助長させていた。
 しかし今は状況が違っていた。犀座達はここ数ヶ月、朝来がいないことにストレスを覚えているようだった。他の訓練士にはないものが朝来にはあったのだ。犀座の世話にほとんど関わってこなかったファイアノイドには、それが何かわからなかった。杏那と武伏も同じだった。彼女の訓練士としての能力が、騎兵団の組織力を向上させていくために必要であることは疑いようがない。朝来の抜けた穴は大きい。最悪の場合、犀座達は騎兵団の支配から逃げ出すかもしれない。そんな今、国境警備隊と戦えるか?
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