九九、犀座騎兵団基地へ行く 6月25日 ②

文字数 1,788文字

 階下の物置きとは違ってここは日当たりのいい部屋だった。窓から差す光がテーブルの上に置かれたアフタヌーンティーセットを明るく照らしている。
「お前さんの好きな紫蘇入りカルダモンケーキと辛子チョコレート、山椒のプリンもあるぞ。お茶は名店ナゾナゾのジンジャー&アイスビネガーティーだ」
 騎兵団に来ることをあらかじめ伝えておいた九九は、ファイアノイドのおもてなしを期待していた。九九の一風変わった好みをよく知っている彼は、国境警備隊との関係性が良好とは言えないまでも悪くない程度に保つため、こういう部分にも手を抜かない。
「ありがとうございます。でもお気遣いなく。おいしいお菓子を前にすると長居してしまいそうで」
 ファイアノイドに促されるまま座り、部屋全体を見渡した。小さな屋根裏部屋は昔九九がここにいた頃とほとんど変わっていなかった。扉と反対側の壁一面には三列の本棚があり、行儀よく並べられた本達は古書から新刊まで様々だった。ファイアノイドは歴史物を好んでよく読んでいた。また外国の絵本収集が趣味で、本棚の一部は読めないタイトルの絵本で埋め尽くされていた。
「増えました?」
 九九が聞いた。
「何がだ?」
 ファイアノイドは椅子に腰をかけつつ聞き返した。
「絵本ですよ。前来た時より増えた気がして」
「ああ、そうだな。四、五冊増えたかな。国王様が外国に訪問した時、土産にくれたりしたのさ」
「へえ、国王様が」
 九九は一度だけ王様から万年筆をもらったことがあった。雑談の中で深い意味はなく字を書くことが好きだという話をしたあとのことだった。
 ファイアノイドは氷の入ったグラスに紅茶を注いだ。微かにスパイシーで爽やかな香りが部屋の空気を和らげた。
「来る途中で犀座訓練の様子を見ました。訓練士は今何人いるんです?」
「六人だ。うち一人が、手紙に書いた通り失踪した。お前さんがすぐにここへ来てくれたのは非常にありがたいよ」
「名前は?」
朝来(あさぎ)という女性訓練士だ。年はお前さんぐらいか。彼女は優秀で六人の訓練士のリーダーなんだ。あまり感情を表に出さず何を考えているかわからん時もあったが、後輩達の教育も含めて仕事熱心で、いつも犀座のことを第一に考えてくれていた」
「会ったことないですね」
 九九は紫蘇入りカルダモンケーキを食べながら言った。騎兵団所属時代から訓練士にさほど興味はなかった。会っていても覚えていないのかもしれない。
「朝来を騎兵団に迎えたのは五年前だ。以前は都の犀座運送で、やはり訓練士をしていた。都に優秀な訓練士がいるという噂を聞いていてな。ぜひうちに来てもらいたいと運送会社に話を持ちかけたのさ。朝来はまるで犀座の心が読めるかのように彼らと接する。とりわけ人を乗せる技術に秀でた犀座の育成が得意だった。これまでやったことのない戦闘犀座に必要な訓練法も彼女はすぐに実践できた」
 人を乗せる技術・・・それで騎兵団か、と九九は思った。荷や人を運ぶ犀座の育成から、戦士を乗せて戦う戦闘犀座の育成へ。目指すところが変わるとわかっていながら、朝来は快く騎兵団の引き抜きを受けたのだろうか・・・
「わかりました。捜索の協力はします。けど僕は、戦闘犀座の育成にアンチ派であることに変わりありませんよ」
「わかっておる、お前さんのことはよくな。情けなく厚かましいお願いだと思っとるよ」
 ファイアノイドは憂いを帯びた琥珀色の目で九九を見た。瞳の奥に潜む威嚇の炎。こんなことで揺らぐ騎兵団ではないということを暗に伝えられたのだ。
「一つ聞きたいことが」
 九九が言った。
「何だ?」
煙管(きせる)は犀座小屋で、他の犀座達と一緒にいるんですか?」
「いいや、あいつは別だ。一緒にしては小屋が狭くなるし、他の犀座が萎縮してしまうからな」
 九九はうなずいた。
「ではどこに?」
「屋敷のどこかだ」
 ファイアノイドはそれ以上答える気はなさそうだった。

 ジンジャー何とかティーのように、辛くて酸っぱい、妙な刺激の残る時間だった。犀座に対する考え方が違うとはいえ、二つの組織は国を守るためにある。国境警備隊と犀座騎兵団、互いに協力関係を築き合うことが重要であることは理解している。しかし衰えを知らないファイアノイドを前にすると、0境国直属のガーディアンはいずれ国境警備隊から犀座騎兵団にとって替わられるのではないかという懸念が九九の頭をもたげるのだった。
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