風の草原地帯 ⑦

文字数 2,632文字

 交差した二つの刃が武伏の首元をかすめ、地面に突き刺さった。刀と地面に挟まれ仰向けに倒れた武伏の首筋にじわりと浮き上がる血。倒される瞬間、刀を手放してしまった。微風との圧倒的な力の差に、最初から勝敗は決まっていたようなものだ。
「確実に首を狙えただろう。なぜ殺さない?」
 武伏はわざと挑発するように、不敵な笑みを見せて言った。微風は冷酷な視線で彼を捕らえたまま、微動だにしなかった。
「憐れみなんか意味ないぜ」
 武伏のあきらめたような態度を微風は始めから感じとっていた。ここで生き延びようが死のうが関係ないといった、中途半端な剣捌きだった。
「本気で向かってこないやつに、本気で相手するか」
 微風は地面に突き刺さった刀二本を素早く抜いた。身動きがとれるようになった武伏は上体を起こした。丸腰の武伏だったが、それでも微風は隙一つ見せなかった。
「本気で・・・って、本気出しても勝てないよ。あんた強い」
 座ったままうつ向きがちに言った武伏は、もうほとんど戦意を失っていた。
「ここに来る途中、何かあったか?」
 微風の問いかけに武伏はすぐ答えなかった。言葉を選んでいるようにも見える。
「最低だよ。自分が」
「戦いに集中できない理由があったみたいだな」
 武伏は微風と目を合わせようとせず、耳の後ろをかいていた。ふてくされた少年のようだった。
「犀座騎兵団は負けると思う」
 武伏は抑揚のない声で言った。微風は武伏を見たまま、何も言わなかった。
「ファイアノイドがけがしてた。俺は彼を見捨てて逃げようとしたんだ。けどあんたとぶちあたって仕方なしに戦わなきゃならなくなった。ファイアノイドを裏切ったんだ。他のやつらと同じように」
 武伏がおびえていることに微風は気づいた。こんな経験は今までなかったのだろう。どうしていいか武伏自身わからないのだ。
「裏切ったって?お前、騎兵団に助太刀するためにこっちへ来たんだろう?国境警備隊で九九様の見張り番だったはずが」
「そうだけど・・・・・こんなことになるなんて・・・犀座騎兵団は0境国一の兵力なのに・・・ファイアノイドが・・・」
 武伏はややパニック状態に陥っていた。一度落ち着かせた方が良さそうだが、微風は先程の彼の発言を聞き流すことはできなかった。
「ファイアノイドがけがしてたと言ったな。何を見たんだ?」
「杏那が一緒にいた。ファイアノイドを背負ってどこかへ行こうとしてた」
「どこへ行こうとしてた?」
「わからない。俺はすぐにその場を離れた」
 微風は九九のことを思った。国境警備隊も犀座騎兵団も、戦いは終わりにすべきだ。
「お前はこれからどうしたい?」
 武伏は冷静さを取り戻そうと大きく深呼吸して顔を上げた。よりどころのない心境がみてとれる。
「ファイアノイドの所へ行くか?今ならまだ」
「それはもうできない。戻っちゃいけない。俺はファイアノイドにも騎兵団にも背中を向けたんだ」
 微風は武伏という男を理解しきれなかった。普段は強気で本能的に動くタイプなのに、組織に非常事態が起これば対応できず取り乱している。
「要するにまだガキなんだな」
 微風がそう言うと武伏は一瞬ムッとしたが、何も言い返してはこなかった。
「お前なりに通さなきゃならない筋があるから葛藤するんだろう」
 微風はここで初めて武伏への警戒をゆるめた。おそらくもう剣を交えることはない。
「俺は杏那ほどファイアノイドへの忠誠心は強くない。あいつは仕事中毒気味なところがあって・・・俺は騎兵団のこともファイアノイドのこともそれほど真剣に考えてこなかったよ」
 武伏は力なく笑った。
「そうは言っても騎兵団はお前を頼りにしていただろう。ファイアノイドもな」
「俺がびびって逃げたってファイアノイドが知ったらがっかりするさ」
「組織への思いの強さは一人一人違う。それぞれの理由でそこにいていいんだ。ファイアノイドをがっかりさせた?それは違うな。お前がここで悩んで後悔して、その次にどうするか考える機会が今与えられたんだ。それは剣の腕を磨くより大事なことだと俺は思う。ファイアノイドだって怒りはしない。何よりお前の成長を望んでるし、彼は器のでかい男だろ?」
 微風はいつの間にか武伏の悩み相談相手になっていた。そろそろ決着をつけなければ。といっても戦いではなく、武伏自身の今後についてだ。
「その身体能力を活かせば国の諜報員にでもなれそうだがな」
「国王代理のもとでは働きたくない」
「そうかい。じゃあ勉強して新しい知識を身につけろ」
 微風はだんだん面倒になってきた。
「何の勉強だよ」
「それは自分で見つけるもんだ」
 黙り込む武伏。微風はいつまで付き合わされるのかと小さくため息をついた。四、五分経ってようやく武伏が立ち上がり、口を開いた。
「行くよ」
「どこへ?」
「一つあてがあるんだ。あんたとは関係ないとこだよ」
 関係ない、と言われればその通りだろうが、ここまで相手してやったのだ。知る権利はあると苛立ちをあらわに微風が言った。
「場合によっては行かせるわけにいかない。もし九九様に」
「朝来のとこだよ。あいつがもう0境国にいないことはあんたらも知ってるだろ。俺は彼女を追いかけて、手助けをしたい」
 意外な名前が出たことに微風は驚いた。しかし思いつきで言っているわけでもなさそうだ。朝来は外国へ渡り、騎兵団や犀座とは関わりのないところで生きていくかのように思えたが、武伏とは親交があったのか?
「なぜまた朝来を?」
「別に。あいつのこと、たいして知らないよ。俺が行って迷惑かもしれないし。朝来は騎兵団にいた頃、犀座のことよく教えてくれたんだ。他にも色々と勉強させようとしてたけど俺あんまりやる気なかったから。それだけの理由さ」
「騎兵団の行方を見届けなくていいのか?ファイアノイドの生死も知らないままで後悔しないか?」
 背中を向けた武伏に微風が言った。
「始めからファイアノイドのそばについとくべきだったよ。後悔があるとすればそこかな」
 戦いを終えた戦士の背中、とは言い難い後ろ姿がそこにはあった。いるのはまだ大人になりきれていない、肩幅の狭い少年だった。
 微風は残された武伏の剣に視線を移した。先端にいくほど幅広の刀身になる変わった形状の剣は、持ち主が去ってしまったことを知っているかのように、寂しげな光沢を放っていた。
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