風の草原地帯 ④

文字数 1,630文字

 杏那の心はざわついていた。戦場の中心となっている風車小屋近くで先程までファイアノイドにぴたりとついていた。自分の出る幕はないかもしれないとまで思っていたのは甘すぎた。しだいに両軍の戦士達は散らばり、中心部で戦っている者達の数が少なくなっていることに気づいた時はもう遅かった。ファイアノイドや杏那の目の届く範囲で言えば、国境警備隊に犀座騎兵団が圧されていたのだった。ファイアノイドは杏那に周辺に散らばった者達の様子を見てくるよう指示を出した。杏那はファイアノイドのそばを離れるのを渋ったが、彼のいらつきを感じて何も言えなかった。まさか犀座騎兵団が負ける?朝来がいなくなったツケが今出てきたのか、犀座達の動きが鈍い気もする。
 図から引き継いだ犀座を走らせ、風車小屋を目指した。一旦ファイアノイドの所へ。しかしその前に会いたくない人物が見えてしまった。微風だ。

 微風の息は上がっていたが、体力に問題はなさそうだった。そして血まみれの二刀の刃。一人で一体何人を斬ったのか。周囲には両軍の戦士と馬、犀座が倒れていた。
「・・・あんたか」
 微風も杏那に気づいた。
「ここもずいぶんやられたのね。微風、あなたが一人で・・・」
「いや違う。俺の仲間はもっとたくさんいた。ほとんどが犀座に馬ごとやられたようなもんだ。最終的に俺一人、この状況になった」
 微風の落ち着いた冷たい声色に、杏那の緊張感は増幅していった。緊張しても恐怖心を抱いてはならない。抱けばそれを微風に悟られ、すきをつかれて殺される。
「負けたな」
 微風は杏那の方へ近寄っていった。杏那の体は一瞬強ばった。しかしこちらには犀座がいる。対する微風に馬はない。
「犀座に乗ってりゃ安心か?」
 微風は杏那との距離を詰めてきた。
「・・・轢き殺すわよ」
 脂汗がこめかみを伝う。杏那はわかっていた。微風に犀座の力と防御力は通用しない。彼の強さはこの場に倒れた犀座達がすでに証明している。
「くそっ・・・!」
 杏那はやぶれかぶれに手綱を引いた。しかし・・・
「え?ちょっと、」
 何度手綱を引いても犀座はその場に留まったまま動こうとしなかった。それどころか一歩後ろへ後退した。杏那は完全に心が乱されてしまった。自分はもうここまでか・・・
「おびえている。もうお前の言うことはきかないだろうな」
 微風は足を止めた。腕を伸ばせば、杏那まで剣が届く距離だった。
「ファイアノイドの所へ行け。中心部、風車小屋付近ではまだ戦いが続いてるはずだ。彼もその中の戦士の一人」
 杏那は手綱を引くのをやめた。手にじっとりとした汗をかいていた。
「ファイアノイドが?」
「はっきりした戦況はわからないが」
「やっぱり離れるんじゃなかった」
 焦りをあらわに犀座から降りた杏那は、剣を下ろしたまま立っている微風に向き合った。
「見逃していいの?」
「お前より相手にしなきゃならないやつがいる。まだ今日会っていない」
「武伏ね」
「ここにはいないだろ?風の草原地帯には」
「本当は言っちゃいけないんだろうけど、ここを素通りさせてくれる代わりに教えるわ。武伏は国境警備隊の宿舎に行った。九九の見張りに」
「そんなとこだろうと思った。だがそのうち来る。“予想外にも” 犀座騎兵団が圧されてるからな」
「・・・行くわ」
「ああ、それと」
「何?」
「俺はもう杏那、お前が昔と同じだとは思っちゃいない。『庭』にいた頃とは違う。俺もお前も。だけどな、九九様の前で犀座に乗って轢き殺すなんて台詞、絶対言うなよ」
 杏那は微風に歩み寄った。そして真っすぐ向かい合い、微風をにらみつけるようにして言った。
「九九様って言い方、やめて」
 彼に背中を向けて走った。微風を越えて戦いの中心部へと戻ることが正しい選択かどうかわからなかった。
 強まる風を感じながら杏那は思った。そういえば微風とこんなにも話したのは『庭』にいた時以来ではなかったか。
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