風の草原地帯 ①

文字数 1,428文字

 国境警備隊百五十の兵力に対して、犀座騎兵団は六十の兵力。戦場となる “風の草原地帯” には十八基の風車小屋がある。このうちの一基の中に住み込み、風車の維持管理を任されている少年がいた。十四才の彼は風車小屋と、 “風守(かざもり)”と呼ばれる職業を祖父から引き継ぎ、二年が経とうとしていた。今、少年はとてつもない怒りを感じていた。馬と犀座にまたがった大人達が大勢向かい合い、火花を散らす寸前といったところだった。少年は当然、こんな話を聞いていない。しかも自分はさっきまで寝ていたのに、明け方になって犀座や馬の群れの足音で起こされた。今日もただ風は吹き、特別なことなど何も起こらない草原のはずだったのに何なのだこの状況は。説明もなし許可もなし。子供だからなめられているとしか思えない。無断で踏み込み草原を荒らすやつらは許さない!
「おーい!ここはおれの風車小屋だ!睡眠のじゃましやがって、この辺りを荒らすつもりならよそでやってくれ!」
 少年は小屋の三階(少年の寝室があるところ)の窓から下に向かって叫んだ。国境警備隊最前列にいる微風が少年の声のする方へ顔を向けた。戦場となるこの場所は紫々が決めた。その紫々は今日この場へは来ていない。自身が決めた大事な一戦にも姿を見せないとは、微風にとっても九九と同じくどうにも好きになれない国王代理であった。
「ちょっと行ってくる」
 微風は馬から降り、隣にいた年長の隊員に一言告げた。

「君はここの住人か?」
 低い唸りを上げながら回っている風車は真下から見上げるとなかなかの迫力があった。この音を聞きながらでは、そもそも普段から安眠などできないのではないかと微風は思った。
 少年は犀座に見とれていた。今まで町で見かける荷物を運ぶ犀座しか見たことがなかった。犀座騎兵団の犀座は一回りも二回りも大きな体格をしている。鎧を身につけているものもいて、またがっている兵隊達は皆手綱を持っている。隊列を組む数十頭の犀座から、少し離れた最後尾にいる、とりわけ大きな一頭に少年は目を奪われた。
「おい、聞いてるのか?」
 微風は再び呼び掛けた。はるかな草原の一点を見つめていた少年はハッと我に返ったように声の聞こえた方へ顔を向けた。
「ここは今から戦場になる、君に報せがなかったことは申し訳ないが、巻き込むわけにはいかない。すぐにここから立ち去るんだ」
 少年はまた怒りがこみ上げた。どこも行くところなんかない。
「なんでそっちの都合でおれが動かなきゃならないんだ!いやだ!」
「君は一人なのか?家族は?」
「おれ一人だ!」
 ふくれっ面の少年を、微風は不憫に思った。戦いが終わったら帰ってくればいいなど、無責任なことも言えない。風車小屋がどうなるかわかったものではない。『庭』にいた頃の自分をふと思い出した。こんな時九九ならどう言うか?
「ならここにいろ。巻き込まれても知らんぞ」
「言われなくてもそうするわ!」
 少年は窓から顔を引っ込めた。まだ十二、三ぐらいの、声変わりもしていない、整った顔立ちをしていた。
「どうしますか?」
 隊列へ戻った微風に先程の年長の隊員が聞いた。
「動く気はないようだ。かわいそうだが放っておく」

 臙脂(えんじ)天鵞絨(びろうど)の二色の中央に、おそらく煙管をモデルにしているであろう犀座が描かれた旗。対するは菫色で縁取られた中に白抜きの菱形模様、黄金に輝く二羽の鳥が踊る旗。風に煽られうるさいほどにはためく二つの戦旗が明け方の0境国、風の草原地帯に空高く掲げられた。
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