犀座行進 9月1日①

文字数 3,782文字

 国王の葬儀から三ヶ月が過ぎた。季節は秋。九九にとって一番好きな季節の到来であるが、まるで片想いのように秋は北風を追いかけてすぐに過ぎ去ってしまう。
 ファイアノイドから朝来探しの要請を受けて以降、国境警備隊内で捜索チームを組んだものの依然見つからないままだった。九九自身、捜索に尽力するほどの熱は元々なく形だけにとどまるつもりで、ファイアノイドもそのことをわかっているようだった。おおかたファイアノイドの思惑は、戦闘犀座育成に嫌気がさした朝来の失踪に、同じく戦闘犀座反対派の自分が関わっているか確かめたかったのだろうと九九は考えていた。
 死を悼む者にとって三ヶ月という月日は短く、心を癒してくれるのはただ繰り返す日常を生きることだった。それでも0境国の人々はこの夏の悲しみを抱えたまま、前を向くことを忘れはしなかった。季節は移り、0境国内は徐々に活気を取り戻しつつあった。毎月の名物行事となっている騎兵団による犀座行進も三ヶ月ぶりに再開されることとなり、今日は多くの人々が都に集まっていた。長らく犀座行進を見ていなかった九九と微風も、国王亡きあと暗く沈んだ都の様子が気になっていたこともあり、久しぶりに見物に来たのだった。
 街のメインストリートは、中央の道を犀座が通りやすいように幅広い行進スペースが設けられ、見物の人々は道の両側に張られたロープから出ないよう城の職員達による整備がなされていた。
「久しぶりに来たけどすごい人だかりだな」
 九九は人と人の間を縫うように歩き、見物しやすい場所を探した。あちこちで目にする子供に風船を配っている学生ボランティア達は、トリコロールカラーの揃いの衣装に身を包んでいた。犀座行進の日にしか出店しない七色の綿菓子を売る店には行列ができている。三段重ねのアイスクリームの一番上を落として笑い合う恋人達、書店の床に座り込んで昆虫図鑑に目を輝かせている男の子、建物の上階からメインストリートを見下ろし、行進を待ちわびる老夫婦。それぞれがもつ時間の色彩はやがてどこかで混ざり合い、犀座行進という共通の一点に集中するのだろう。
 ようやく人と重ならなくてすむ場所を見つけ、二人は犀座が来るのを待った。
「街中はもう元通りみたいだな」
「ええ、意外でした」
 群衆より頭一つ分背の高い微風は、遠くの方に目を向けて言った。
「意外ってのは国王不在のままなのにってことか?」
「そうです。後継者であるはずの王子も、ご自身のお考えを未だ何も述べられていない。0境国はこの先誰が治めるのか、国民は不安でしょうがないというのに」
「舵取りは国王以外にもいるのさ。ほとんど城に顔を出さない僕でさえ頭の切れる家臣の一人や二人、名前が出るよ。それはそうとあまり紫々(しし)に期待するなよ」
  九九は周りに声が聞こえないよう配慮した。
「お会いしていかなくてよいのですか?」
「え?」
「紫々王子に。葬儀以来でしょう?」
「いいよ面倒くさい」
 微風は九九のためを思って言うのだが、たいていうっとおしがられてしまう。
 観客達の視線の先から鼓笛隊の演奏が聴こえてきた。十代の若者を中心に有志が集まって活動する0境国の鼓笛隊は、国外でも実力が認められ人気があった。数年前隣国の五十鈴国で、有名実業家の結婚パレードに呼ばれて演奏をしたことをきっかけに海外公演の機会が増え、じわじわと鼓笛隊のブランド力は上がっていった。今や日程を抑えるのが困難と言われるほど人気の彼らだが、犀座行進には必ず参加していた。
 沿道の見物客達は久しぶりの犀座行進に沸き、ロープから身を乗り出して見ようとする者も大勢いた。微風はいつの間にか見知らぬ子供を肩車していた。その隣には母親らしき女性が立って犀座が来るのを待ちわびている。

 先頭を歩くのは一際巨大な雄犀座、ファイアノイドの相棒 “煙管(きせる)” だった。鉛色の肌に、天に向かって伸びる黒褐色の角、そして生まれた時からあったと言われる鼻の頭に走る金色の筋。平均的な犀座に比べてかなりの大型であることは間違いなく、それに加えて滅多にいない鉛色の犀座は貴重な存在だった。犀座の王者と呼ばれる煙管は、ファイアノイドだけが乗ることを許された一頭だ。
「あっ!」
 突然強い風が吹いた。九九のシルクハットは行進中の煙管と、彼の背中に乗ったファイアノイドの方へと飛ばされてしまった。目の前にふわりと飛んできたシルクハットをファイアノイドが受け止めると、九九のいる沿道へ視線を向けた。九九はどきりとしてたじろいだ。一番大きく、有名犀座の煙管が通っているとあって、周囲の人々の熱気と歓声が最高潮に達している時だった。ファイアノイドはシルクハットを投げ返した。九九はうまくキャッチしたが、なぜか体が固まってしまってファイアノイドと煙管から腰が引けていた。隣の微風を見ると、拍手しながらにやっと笑っていた。九九はなんだか面白くなかった。
 ファイアノイドと煙管に続いて、二頭の犀座が並んでやって来た。杏那(あんな)武伏(たけぶし)。杏那は以前九九が騎兵団を訪れた際、屋敷の入り口に立っていた女性である。小柄だが肩幅が広く筋肉質、少しくせのある短い黒髪を一つに束ねており、そばかすがチャーミングな彼女はファイアノイドの右腕だった。武伏ははっきりとした二重まぶたの愛嬌のある顔立ち、杏那よりも小柄で、一見少年のような華奢な風貌だが二十歳を越えている。彼もまたファイアノイドの側近で、剣の腕は犀座騎兵団随一と言われていた。
 杏那は桃色の肌をした雄犀座、武伏は若葉色の雌犀座にそれぞれ乗っていた。先に煙管の巨体を目の当たりにすると、彼らの乗る犀座は子供のように小さく見えた。
 その後に続くのはブロンズの兜や、胴体に鎖かたびらのような鎧をまとう犀座だった。九九はいかつい装いに「可愛いげがない」などとぶつぶつ言いながらも、三十頭に及ぶ犀座の列に見入っていた。ゆったりとした足どりでメインストリートを闊歩する大群の終わりが見えた頃、微風は九九に言った。
「城に挨拶しに行かれるのですか?」
「あれ、さっきの子供は?肩車してた」
 九九はわざとらしく、微風の目を見ずに言った。最後列の二頭の犀座は荷車を引いていた。しかし荷車には何も載っていなかった。
「話をそらさないでください。紫々王子にお会いにならなくてよいのですか?」
「気がのらない」
 鼓笛隊がラッパを大きく鳴らすと、荷車から一瞬であふれ返るほどの花が咲いた。
「形だけでも行っておいた方がよいかと」
「真面目だな」
 行進はフィナーレに向かって最後の盛り上がりを見せた。九九の後ろにいた男性は荷車の仕掛けについて何やら分析し、隣の女性に独自の見解を述べていた。どこからともなく現れた少女達が、荷車の花を沿道の人々に配っていく。彼女達はそれぞれ犀座と同じ五色のドレスを着ていた。
「ここから離れよう」
 九九と微風はロープから離れ、見物客達の間をまた縫うように歩いた。
 孔雀色の扉の前にナデシコの鉢植えが並ぶ小さな花屋の角を曲がり、鼻唄を歌いながら窓ガラスを拭いている店主の日用雑貨店の路地を抜け、比較的人の少ない円形広場に出た。中央に噴水のある石畳の広場には、パレードに関心のない若者やうたた寝をするお年寄りの姿があった。
「今回花火はなかったな、さすがに」
 背の高い外灯が隣に立つベンチに腰を掛けながら、九九が言った。
「ここしばらく花火はあげていないようです。国王がお亡くなりになったこととは関係なく」
 微風は座らず、九九の傍らに立ったまま言った。
「何で知ってる?」
 微風の顔を見上げた九九は眩しさに目を細めた。のっぽの微風の顔は太陽の方角にあった。
「うちの隊員達が話していたんです。お祭り騒ぎが好きなやつが何人かいますからね。毎度見物に行く者も中には」
「仕事中だろ」
「そこはうまく交代して。まあ見物に行ったからといって何か問題が起きたことはありませんから。多目に見てやってください」
「そんなに犀座が見たいか」
 九九はベンチに座りながら、片足を膝の上に乗せて頬杖をついた。
「犀座、というか煙管が見たいんでしょうね」
「煙管か・・・やつは恐らく先頭なんか歩きたくないだろう。こんな風に注目されるのもいやだと思っているに違いない」
 微風は九九の妄想劇が始まったと思った。たまに繰り広げられる上司の一人芝居を、微風は聞くことに徹していた。
「『ファイアノイドのじいさんよ、力を誇示するためにおれを利用するな。好きであんたを乗せてるわけじゃないが、仲間達の手本となるため仕方なしにだ』
『煙管よ、お前の訓練士はなぜいなくなったと思う?』
『知らねえよ。あんたのやり方が気に入らないんだろう。戦闘犀座なんてナンセンスさ』
『お前のやる気のなさが問題だ。朝来は言うこと聞かないお前に訓練士としての能力の限界を感じてやめたんだ』
『おれは優等生だった!朝来がいなくなったのを犀座のせいにするならストライキだ。おれ達全員騎兵団をやめてやる!』
 二人は仲違い。煙管をはじめ騎兵団の犀座達は脱走。0境国の犀座帝国化は夢に終わり、力を失った騎兵団は解散」

 終わり。九九の勝手な想像ではある。が、微風もだいたい同感だった。
「犀座がストライキですか。あり得なくはないですね」
「なんとも思ってない可能性が高いが 」
 それも同感だった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み