極道と十三歳の少年

文字数 4,722文字

「マサ殿っ! これは一体どういうことなのだっ!」

ダークエルフの女、ストヤが、すごい剣幕で怒っている。

「そなた達に、義があるのは、分かってはいるがっ」

「ここは、ダークエルフの森だぞっ!?」

「それが、今では、すっかり、ダークエルフのほうが、遥かに少数派で、肩身が狭くなってしまっているではないかっ!?」

「これでは、移民という名の侵略行為と、何ら変わらぬのではないかっ!?」

しかし、これも、毎度のことなので、マサもあまり身が入らない。


「ええっ、まぁっ、確かに……」

「『森』というよりは、『町』ぐらいの、人口密度になってしまいましたね」

今、ダークエルフの森では、日中、人目につかない場所を探すほうが難しい。広い森であるにも関わらず、どこに行っても、必ず誰かが居る。

国境を越えられない難民達を受け入れ続け、強制労働収容所などの施設を、いくつも解放しまくった結果、森が人で溢れ返ることになってしまっていた。

空を、有翼人や竜人族が飛び交い、様々な亜人種達が森の中を駆け回る。さらに、森を流れる川には、魚人族達まで住み着いている有様。

ようやく異世界らしい様相になって来てはいたが、『ダークエルフ』の森という名称からは、全力で、かけ離れていっていることに、間違いはない。


「そろそろ、新しい活動拠点が欲しいと、思ってはいるのですが……」

「まだ、タイミングが……」

マサとしても、そろそろ、計画を進めたいと思ってはいたが、まだ条件が揃わない。

「タイミング?」

「タイミングとは、なんのタイミングなのだ? マサ殿」

ストヤの追及を、はぐらかそうとするマサ。

「いや、しかし……」

「魚人族というのは、川でも暮らしていけるものなのですね、私はてっきり、海水魚が彼等の肉体のベースだと思っていたのですが、淡水も平気だったとは……」

だが、内容は妙にマニアックだった。

「もっと真剣にっ、真面目にっ、私の話を聞いていただきたいっ!!」


「若頭っ! 大変やっ!」

そこに飛び込んで来たサブ。

話題そらしが出来そうで、マサはホッと胸を撫で下ろす。

「ヤスが、子連れの未亡人と結婚する言うて、帰って来たらしいでっ!」

相変わらず、早とちりをして、微妙に、情報が間違っているサブ。

このうるさい中で、ずっと昼寝をしていた石動。

「おうっ、なんだ、義理事(ぎりごと)かっ」

-

「あらぁっ、やだあぁっ、すごいラブロマンスじゃないのっ」

これまでの経緯を話すヤスに、アイゼンはテンションMAXで、盛り上がっている。

「いいわねえぇっ、そういうのっ、憧れちゃうわぁっ」

さすがに、イチイチ、感想がうるさい。

ヤスの服は、ボロボロで、ところどころが破れ、薄汚れており、ここまでの道のりが、いかに激闘であったかを物語っていた。

サトミカは、ずっと、緊張した面持(おもも)ちで、愛するヤスが信じる仲間達を、信頼するという覚悟を持って望んではいたが、これが、初対面では、中々、そうもいかない。

リシジンは、無表情で、下を向き、俯いているのみ。

そして、イヌのペギペギは、マサに抱きつかれて、ずっとモフモフされていた。

-

「まぁっ、好きにすればいいっ」

それまで、やはり、昼寝をしながら聞いていた石動が起き上がる。

「すっ、すごい……」

改めて、石動の姿を見たサトミカは、一瞬で、そのただならぬ生命エネルギーを感じ取った。

「もしかして、あなたには、ダークエルフの血が?」

サトミカの反応を見て、ストヤは察する。

「はい、私の遠い先祖には、ダークエルフの者がいるらしいのです」

この森に住むダークエルフ達は、サトミカにとっては、遠い祖先の一族にもあたる。

「まさか、このような形で、一族の同胞(どうほう)に出会えるとは……」


アロガ王の息子、リシジンの姿を、見つめる石動。

「……気に入らねえなぁっ」

次の瞬間、リシジンの眉間に、銃口を向ける。

驚くでもなく、慌てるでもなく、リシジンは、ピクリとも動かない。ただ、無表情で、俯いているだけ。

サトミカは動揺したが、それ以外、その場に居る者は、誰も、微動だにしていない。

石動が、子供を撃てないのを知っているからだ。

「ますます、気に入らねえっ」

銃口を下ろす石動。

「まだ子供(ガキ)だってえのにっ、もうすでに、生きるのを諦めちまってるみてえなっ、生気(せいき)の無い目をしてやがるっ」

「そこは、気に入らねえっ」

「まぁっ、だが、王様になんかなりたくねえってのは、気に入ったぜっ」

「あんなもんはっ、なりたくてなるもんじゃねえっ」

そこで、はじめて、少しだけ、反応するリシジン。

 ――なりたくてなるもんじゃないって、どういうことなんだろう……

-

改めて、石動を前にして、ヤスは、気負っていた。

任務を放り出して、サトミカとリシジンを助けて、帰って来てしまった。そのことに、負い目を感じているのだろう。

「若頭、任務の途中で、こいういう運びになっちまって……」

「本当に、すいませんでした」

「任務があるとは、分かってはいたんですが……」

「俺には、こいつしか居ねえと思える女に、出会っちまいまして……」

「どうしても、俺には、放っておけませんでした……」

「仲間より、女のほうが大事だとか、そういうことではないんです……」

「俺にとっては、両方ともかけがえのない、大事なものといいますか……」

ヤスの覚悟とは打って変わって、石動の反応は、拍子抜けするようなものだった。

「おうっ、まぁっ、気にすんなっ」

「元の世界に居た時とは違うんだっ、お前も、自由に、好きに生きたらいいさっ」

「まぁっ、俺も、手前のしがらみに、ケジメをつけたら、自由な旅にでも出てえと思ってんだよっ」

二人の様子を、じっと眺めていたリシジン。

その石動の言葉が、リシジンの胸には、妙に、引っ掛かった。

-

「当面、リシジンを、ここで(かくま)うのはいいとして、どうしましょうかね……」

ペギペギをモフモフしきって、満足げなマサは、眼鏡を押しながら、会話に戻る。

「そやなぁ、命を狙われているなら、名前を変えるってのは、どうやろうなっ?」

「あらっ、王子の地位を捨てて、生まれ変わるっていうのなら、名前を変えるってのもありよね、あたしみたいに」

「馬鹿野郎っ、お前の本名は、鉄太郎のままじゃねえかっ」

「ちょっとぉ、若頭、その名前で呼ばないでよっ」


「まあっ、偽名を使うなんざ、お天道様に顔向け出来なくなった奴等の常套手段だからな」

「後ろめたいことがないなら、堂々と本当の名前を使ってりゃいいと思うぜ、俺はっ」

「まぁっ、名前を付けた親をよっぽど憎んでいる、そういうんなら、話は別だがな」

「確かに、名前は、アイデンティティの一つでもありますしね」

「名前を付けた父親、アロガ王を捨てるということになるのかもしれませんね」

「そうねえ、親から貰った名前って、なかなか捨てられないのよねえ……」

過去に、家族との確執があったアイゼンの言葉には、重みがある。

「まぁっ、お前の好きにすりゃいいさっ」

「……」

リシジンの足元では、ペギペギが、舌を出して、ハアハア言っていた。

-

「おっ、新入りなんだってなっ」

近くの川辺に座り、自分の名前のことを考えていたリシジンは、声を掛けられる。

「俺も、つい最近、ここに来たばかりなんだっ」

「ジトウってんだ、よろしくなっ」

人狼のジトウに声を掛けられて、リシジンは固まってしまっていた。

「……あっ、ごめんなさい」

「……ぼっ、僕、他の種族の人と、話したことなくて……」

「そんな、緊張すんなって」

「アロガ王の息子だからって、とって食おうなんて、思っちゃいねえよっ」

「親は親、子は子だ、そんなんで差別されちゃあ、かなわねえっ」

「そういう、差別の理不尽さは、ここに居る俺達が、一番よく知っている」

種族差別政策で、他種族達を弾圧し、排斥しはじめたのは、自分の父親であるアロガ王に他ならない。

「……ご、ごめんなさい」

「すまねえ、そういう意味じゃなかったんだっ」

「むしろ、父親が、アロガ王だなんてっ、あんたには、同情しちまうよっ」

「そりゃっ、反抗したくもなるし、逃げ出したくもなるってもんだっ」

「……そっ、そうなのかな」

「……そういうのとは、違うと思ってたんだけどな」


リシジンのそばに駆け寄って来るペギペギ。

ジトウは、その大きな体を撫でて、やはり、モフモフしはじめる。人狼が、イヌをモフモフしている、なんとも珍しい、レアな光景だ。

「まぁっ、でも、ここはいいところだぜっ」

「差別はねえし、みんなが平等だ」

「長老や三老っていう、偉い役の人はいるけど、全く偉そうにはしてねえ」

「みんな、血の気が多いんで、まぁっ、ケンカなんかはしょっちゅうだけどな」

「もし、あんたが、王様になったら、そういう国をつくってくれよ」

「ぼっ、僕は、王様になんかならないよっ」

「王様になんて、なりたくないんだっ」

「おっ、そうだったんだけなっ」

やはり、ペギペギは、リシジンを見つめ、舌を出して、ハアハア言っていた。

-

星空の下、焚き火で、食糧を焼いて食べる、ここではみんな、そうやって食事を取る。

野営とほとんど変わらない。もしくは、毎晩、バーベキューパーティーをしているようなものだ。

みなが、肉の塊に食らいついている姿を見て、少々面食らっているリシジン。

「なんや? 食べないんか? 少年」

横に居たサブが、気づく。

これまで、毒を怖れて、出来るだけ食事を避けて来たリシジン、それはメンタルから来る拒食症に近い。

「大丈夫ですよ、毒なんか入っていませんから」

心中を察したヤスが、手にする自分の肉に、かぶりついてみせた。

「ええっ、私も、毒見なんかしませんから」

サトミカも、同じように、ワザと荒々しく、肉に噛み付いた。


「まぁっ、毒なんざ、ちょっとぐらい食ったところで、死にゃあしねえだろっ」

その様子を見ていた石動。

「いやっ、若頭の基準で考えるのはどうかと思いますよ」

慌てて、マサは、それを否定する。

「そう言えば、毒矢で刺されてから、毒耐性の数値が、かなり上がりましたよね」

「もし、仮に、毒なんか入ってても、あたしがすぐに、毒消ししてあげるわよっ」

バイタリティー、生命力に溢れる一同を見て、やはり、リシジンは少々面食らう。

 ――この人達、本当に、僕と同じ、人間なのかな……

-

夜空を隠す森の木々、その隙間から、顔を覗かせている月を見上げながら、リシジンは、眠りに就くことにする。

眠るまでの間は、この森に来てから、出会った人達のことを考えていた。

勇者である、石動の姿は、リシジンに、幼い頃を思い出させた。

力強い、大きくて(たくま)しい、父の背中を、泣きながら追いかけた、そんな幼い頃の記憶を。


ここは、口うるさい大人達ばかりではあったが、リシジンの居心地は、それほど悪いものではなかった。

なにより、今までと違い、ここに居る人達には、裏表がない。正確に言うならば、裏も、表に出て来てしまう、そんな性分の人達ばかりなのだが。

しかし、お世辞を言って来る人間も、自分を(おとしい)れようとする人間も、利用しようとする人間もいない。


 ――僕は、外の世界のことなんて、何にも知らなかったんだな……

ここ、ダークエルフの森は、リシジンが知らなかった、全く新しい世界だった。


いつの間にか、リシジンの隣りには、また、イヌのペギペギが、寄り添って来ている。

ふと、なんとなく、久しぶりに、その大きな体に、抱きつく。

今日一日、みんなに触れらているのを見て、自分も触れたくなったのかもしれない。

すると、ペギペギは、いつものように、顔を舐めて来た。

頭の中では、ずっと、石動の言葉が、気になって仕方がない。

『元の世界に居た時とは違うんだっ、お前も、自由に、好きに生きたらいいさっ』

ペギペギに抱きついたまま、リシジンは、呟いた。

「……僕も、新しい世界で、自由に生きて、いいのかな……」
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