極道とゼガンダリア

文字数 4,398文字

それは、石動とマサが合流してすぐ、ゼガンダリアに向かった時のことだった。

国境の警備兵は、いつものごとく、ぶん殴って蹴散らし、ゼガンダリアに密入国する。密入国と呼ぶには、あまりにも堂々とし過ぎていたが。

アロガエンスの王冠を巡って、大国同士が主導権争いを激化させる、それによって、アロガ王の標的を石動から逸らす。それが当初、マサが描いていた絵でもあった。


「まぁっ、どうせまた、ぶん殴って、乱入することになんだろっ」

ゼガンダリアの首都、ニバンジャドゥメナンの官邸、そこに辿り着いた時には、また、腕力で強引に突撃することになる、それも覚悟の上だった。

「勇者が来た、宰相に、そう伝えてもらえませんかね」

しかし、その予想は外れ、官邸の入口に立つ衛兵に、マサが話をすると、しばらく待たされはしたものの、二人はあっさりと中に通される。


「まぁっ、どうせ、あの謁見の間ってとこみてえな、ふざけた場所に案内されんだろっ」

ここでもまた、案内されたのは、ごく普通の応接室。石動からすれば、意外な展開であった。

「ここは、官邸ですから、城とは違うんでしょう」

アロガ城の件を知らないマサは、極めて冷静で、石動とは、かなりの温度差がある。


やはり、そこでも、かなり待たされはした。

「おいおいっ、ここで、このまま、放置プレイにされるんじゃあねえだろうなっ」

「まぁまぁっ、アポなし訪問ですから、これぐらいは致し方ありませんかね」

二人並んでソファに座っていると、使用人が、テーブルの上に、飲み物なぞを出して来る。

「どうぞ、紅茶でも、お飲みになりながら、お待ちになっていてください」

アロガ城の後だけに、妙に用心深い石動。

「ははぁんっ、なるほどなっ、これに眠り薬が入っている、そういう寸法だなっ」

「いやっ、普通に、美味しいですけどねっ」

すでに、マサは、紅茶をがぶがぶ飲んでいた。

「すいません、おかわりをいただけますか?」

マサからすれば、石動さえ無事なら、後はどうにもでもなる、そういう安心感もあったのだろう。

しかしながら、アロガ城を経験した石動と、経験していないマサの温度差が、あまりにも激しい。

-

「お待たせいたしました、勇者殿」

そう言って、応接室に入って来たのは、二人の男。

「ちょうど、今日は、王がこちらに来られておりましたので」

マサは、すぐに立ち上がったが、まだソファにふんぞり返ったままの石動。

だが、二人は、そんなことを気にする様子もなく、挨拶をはじめる。

「私は、ゼガンダリアの宰相を務めております、ゼカトブ・ジコロウ……」

「そして、こちらが、ゼガンダリアの王、フリーデ・ユクード様でございます」

凛々しく、精悍な青年でありながら、高貴な出身というのが、立ち振る舞いを見ただけで、石動にですら一目で分かる。まさに、代々続いて来た王家の王、そんな印象を与えるフリーデ王。

「勇者殿、どうぞ、よろしく」

そして、目の前には、手が差し出される。

嘘偽りの無さそうな笑顔で、フリーデ王は、石動に、握手を求めて来ていた。

この、ふざけた異世界、乱世であるならば尚更、すべての王が、アロガ王のような、傲慢な豪傑だろうと思っていた石動からすれば、それは、拍子抜けもいいところ。

だが、アロガ王の傲慢で、横柄な態度に腹を立て、マサにその話をしていた手前、ここは、無下にする訳にもいかない。

後でマサに、所詮、同じ穴の(むじな)、そう突っ込まれることは目に見えている。

ソファから立ち上がり、石動は、フリーデ王の手を握った。

四人が握手を交わした瞬間、両陣営はお互いに、交渉が可能な相手だと確信した。

-

「さすがに、これを、受け取る訳にはまいりませんな」

ゼガンダリアの王と宰相、そして、石動とマサの四人は、同じテーブルに着いていた。

そして、目の前に出された、アロガエンスの王冠を見て、フリーデ王は丁重に断った。

宰相のゼカトブが、王の言葉を継ぐ。

「我が国が、アロガの王冠を所有している、そんなことにでもなれば、あのアロガ王のことです、大軍勢を派遣してでも、是が非でも、王冠を取り返そうとすることでしょう」

「正直なところ、こちらとしては、ようやく、休戦にまで持ち込んだというところでして……」

「これを受け取ってしまえば、アロガエンスとの再戦は必死、むしろ、こちらは、総力戦とならざるを得ません」


石動を見つめるフリーデ王。

「勇者殿が、アロガエンス王国の軍事力に、(くみ)しないというのは、僥倖(ぎょうこう)ではありますが……」

「アロガエンスの軍事力がなければ、到底、魔王軍に対抗することは難しい、それも分かってはいるのです……」

「人間領を統一した、一大帝国、その傘下に入るというのも、その後、国民がどうなるかを思うと……」

すでにアロガ王に侵略された、外地(がいち)の惨状を知っていれば、自国がどうなってしまうのかは、自明の理。

「その道は、望まぬところです」

「大陸を統一する帝国という野望を諦めて、魔王軍に対する、人間領の同盟、その考えに、(かたむ)いてくれるのであればよいのですが……」


「なかなか、そうは行かないでしょうね」

石動から聞いていた、自称覇権国家の王とは違い、極めて理性的な王と宰相を見て、マサの考えは変わりつつあった。

「まぁっ、こちらと違って、あちらの王様は、エラク傲慢だからなっ」

「まぁっ、あれだな、あの野郎は、この世界は自分のモノだ、それぐらいに思ってやがるっ」

「ああいう野郎はっ、一度、徹底的に、負けでもしない限り、まぁっ、無理だなっ」

「あのっ、高く伸びた天狗の鼻を、誰かが、ポッキリ折っちまわねえとっ」


その時から、マサは、計画を立てはじめた。

アロガ王に、大敗させ、その天狗の鼻をへし折り、人間領の同盟に参加せざる得なくする、そのシナリオを。

難民キャンプに、強制労働収容所、これまで、アロガ王に虐げられて来た者達を、解放し、保護し続けて来たのも、そのためであった。

魔王軍とクレイジーデーモンの介入により、アロガエンス王国の弱体化は、計画よりも遥かに早く進むこととなったが。これに関しては、内心ではマサも、ラッキーだったと思っている。

今、アロガ王が置かれている四面楚歌の状況、交渉の切り札である、王冠と、それに相応しい、最後のピースとなる王子、そのすべては、この時のため……。

-

「おうっ、なんだっ、いつもの三馬鹿はいねえのかっ」

半壊しているアロガ城の会議室。その壁は、石動とクレイジーデーモンのバトルによって、大穴が空いていたが、そこに、急遽、テーブルと椅子が用意された。

アロガ城に、謁見の間はもうない。それをぶち壊したのも、石動本人ではあったが。

「まぁっ、これだよっ、これっ、これっ」

アロガ王、石動とマサの三人が、同じテーブルに着く。

「まぁっ、あれだな、やっぱり、交渉は、こういう対等な感じじゃねえとなっ」

「なあっ、アロガ王よおっ」

最初に、石動がアロガ王の前に現れた時とは、すでに大きく情勢が異なっている。マサからすれば、ようやく、対等に交渉出来る状況にまで持ち込んだ、ということになるのだろう。

「なんならっ、握手でもしてやろうかっ?」

アロガ王に、その言葉の真意など、分かるはずがない。


まだ、勇者を睨み付けているアロガ王。

「まぁっ、今までのことを、水に流せとは言わねえがなっ」

「話ぐらいは、聞いておいて、損はねえぜっ」

「なんだかっ、随分と、困ってるみてえだしよおっ」

それも、半ば、石動達のせいではあったが、マッチポンプは、得意中の得意、十八番(オハコ)でもある。


「ワシに、先程言っていた、人間領同盟とやらに加入しろと言うのかっ?」

「おうっ、随分と、察しがいいなっ、あんたにしてはっ」

「ふんっ、くだらんなっ」

勇者に対して、意固地になっているアロガ王。

「そうも言っていられないでしょう、実際」

口論の相手をするのは、マサの役目だ。

「魔王軍が攻めて来る前に、人間領を統一する……その目論見だったはずが、統一する前に、すでに魔王軍は、攻めて来てしまっている」

「その時点で、前提条件が、大きく崩れてしまっているんですよ?」

「ぬぬぬっ……」

その反論には、歯軋りをするしかない。

「このまま、意地を張り続けて、この国を滅ぼすおつもりですか?」

「いやっ、亡国の王として、歴史に名を刻みたいのなら、もはや、止めはしませんがね」


「ふんっ」

それでも、アロガ王は負けじと、まだ噛み付く。

「人間領で同盟を組んだとて、最大軍事力を誇った、この国を、こんな有様にしておいて、魔王軍に勝てるとでも、思っておるのかっ!?」

その言葉に、眼鏡を押しながら笑うマサ。

「あぁっ、それなら、ご心配には及びませんよ」

「魔王軍と戦うのは、この勇者と、その愉快な仲間達ですからっ」

そして、アロガ王に向かって、トドメの言葉、ド直球、火の球ストレートを投げつけた。

「王様を前にしてアレなんですがねえ、正直なところ、ぶっちゃけますと、この人、この国の軍事力より、遥かに強いですから」

「なっ!!」

アロガ王も、薄々、気づいていない訳ではなかった。

これまで、勇者が戦って来たどの軍勢もすべて、まるで赤子の手でも捻るかのように、いともたやすく、殲滅(せんめつ)され続けて来た。自軍しかり、貴族の私設軍隊しかり、果ては、大陸統一教会やアンデッドまで。

ただ、その核心に、気づかないフリをしていたに過ぎない。

「それに、我々には、秘密兵器もありすし……まぁっ、本当に隠匿(いんとく)されちゃってはいるんですが」

マサは、そこだけ、何故か小声で呟く。


「つまり、人間領同盟に加われば、あなた達の代わりに、勇者が魔王軍と戦い、あなた達の国の安全を保障します」

「そんな、馬鹿なっ、本当に、お前等だけで、魔王軍と戦うおうと言うのかっ……」

一体どれぐらいの軍勢がいるのかすら、正確には分かっていない魔王軍、そんな相手と少数で戦おうと言う勇者達。勇者の強さは分かってはいても、アロガ王にとって、それは、にわかに、信じられるものではない。

「ただ、今後もまた、あなたのような人も現れるかもしれませんがら、ちゃんと、条約を締結させていただきますよ」

「そうですね、強いて言うならば、人勇安全保障条約とでも言いますか」


唖然としているアロガ王をよそに、しみじみとした口調で、マサは続ける。

「思えば、ここまで、本当に、長い道のりでした……」

「我々も、随分と、余計な、遠回りをして来たものです」

「それもこれも、すべては、あなたが、人間同士の領土争いに、勇者を利用しようとしたことがはじまりですから」

ここまで黙っていた石動も、口を挟む。

「まぁっ、逆に言えば、あんたが初手で、勇者の取り扱いを間違えたことが、この結果を招いた、そういうことだなっ」

「まぁっ、勇者の取り扱いを間違えて、国を滅ぼしたマヌケな王様として、歴史に名を残すのも、いいかもしれねえぜっ」

そして、アロガ王に向かって、強い口調で、マサは言った。

「そこは、ホントに、猛省していただきたいっ」
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