極道とダークエルフの女

文字数 5,165文字

「あたしの名は、ストヤ」
「あたしが、ずっとお前の命を狙っていた、暗殺者だ」

褐色の肌、銀色の短い髪、そして赤い瞳。ダークエルフの女、ストヤは臆することなく、そう言い切った。

「なぜ、あの時、俺を助けたっ?」

石動(いするぎ)が抱いていた一番の疑問は、それだった。

「非戦闘員の女達を、無差別に人質に取ったのが、許せなかっただけだ」

「一族の者達も、あの奴隷狩りの連中にさらわれて、売り飛ばされたりもしたからな、もちろん恨みもある」

「……それに、人質に取られているもどかしさも、分からないではない……」

「なるほどなっ……」

「その割には、今、ここに居る女達にも矢を向けるんだなっ? こいつらは非戦闘員だぜっ?」

「はなから、あたしの標的は、お前だけだっ」
「他の者達に、危害を加える気はないっ」

ストヤが合図をすると、ダークエルフ達は、石動以外の者達みなを、取り囲んでいる円の外へと連れ出した。

そして、ストヤは自らの弓を引いて、矢先を石動の心臓に向ける。

「これはあたしが、為さなくてはならないことだ、他の者達は手を出すな」

そして、誰にも聞こえぬような小さな声で呟く。

「……そう、手を(よご)すのは、あたしだけでいい」

この距離であれば、いくら石動の胸板に筋肉があったとしても、矢は心臓までは到達するだろう。しかし、石動は動こうとはしない。


シュッ

ストヤが(つる)を離して、矢は放たれた。

しかし、矢が石動に到達する前に、アイゼンの物理攻撃防御壁がこれを阻んだ。

「ごめんなさいねえ、あたし器用だから、離れてても、こんなことが出来るのよっ」

動揺した周囲のダークエルフ達は、石動に向けて、一斉に矢を放ったが、身を低く(かが)めて、石動はこれを回避。

あやうく、向かい合ったダークエルフ達は同士討ちになるところだったが、それを阻んだのもまた、アイゼンの防御壁だった。ダークエルフを、誰一人死なせたくないという、アイゼンの想いの現れか。


ストヤが、次の矢を構える隙に、石動は彼女の背後へと回る。

大きく太い、筋肉質の腕が、背後から、ストヤの首に絡みつく。

弓を手にしたダークエルフ達は、動揺を隠せない。

「あたしに構うなっ!
この距離なら、あたしごと、この勇者を貫けるはずだっ!!」

背後を取られてなお、それでも、ストヤは気丈にそう叫んだ。

苦悩の表情を見せつつ、弓矢を構えるダークエルフ達。

「やめなさいっ!!」

アイゼンが、叫ぶ。

「仲間に矢を向けるなんてことはっ!」
「あたしが、どうせ防御するんですからっ!」

-

「みなさん、ちょっと、いいですか?」

緊張感漂う空気を壊すため、マサはあえて調子外れな声を出した。

「我々は、対話を求めていますよ」

「まぁ、予想はしていたんですよ」
「暗殺者が、ダークエルフなのではないかというのは、まさか、女性だとは思いませんでしたがっ……」

「なんで、黙ってたのよっ!?」

「確証がないので、アイゼンには言えませんでしたよ」

マサは、勝手に話をはじめたが、石動の腕で身動きが取れないストヤには、何も出来ない。いや、顎を上に向けられているため、喋ることすら出来ない。

「若頭が、毒で倒れて寝ている時、いくら、常に女達が交替で、そばで看病しているとはいえ、暗殺者なら、その隙を狙って来ても、当然おかしくはありませんでした」

「となると、接近戦には自信が無いのか、そばに居る女達を巻き込みたくなかったのか、もしくはその両方か」

「そして、攻撃は矢のみ、一択でした」

「あの飛距離から、正確に的を射抜く弓矢の技術は、余程の名手、達人でなければ難しいでしょう……この世界で、アーチャーの代名詞は、エルフかダークエルフだそうですから」

すべては、叡智のノートパソコンで、マサが調べたこと。

「それに、あなた達ダークエルフは、二キロ先ぐらいまで、見渡せる視力があるそうじゃないですか……まぁ、キロというのは我々の世界の単位ですが」

「あらっ、やだっ、緑が目にいいって、ホントなのかしらっ」

「まぁ、すべてが符号してたんですよっ」


「ただ、何故、アイゼンを丁重にもてなしたダークエルフ達が、若頭を、いえっ、勇者を暗殺しようとしているのか? そこだけは謎のままだったので、仮説を立てるしかなかったんですが……」

「まぁ、(おおむ)ね、ビンゴのようですね」

「あなた達は、人質を取られている」
「これまでの会話からすると、おそらくは、長老でしょうかね」

石動の腕が少し緩んだことで、ようやく言葉が出せるストヤ。

「だったら、何だと言うのだっ!?」


「まぁ、結論から申し上げますと、長老は、もうじき、帰って来ますよ」

「なっ、なんだとっ!?」
「そんな、その場逃れの出鱈目をっ!」

「あなた達は、長老がどこに居るかご存知ですか?」

「分かる訳、ないだろうっ」
「それが分かれば、すぐにでも救出に向かっている」

「ですよね……」

「まぁ、あなたが、どれぐらい、我々のチームを監視していたのかは分かりませんが、今ここに居るメンバー、何人か足りてないとは思いませんか?」

「確かに、剣の男と、すばっしこい男はいないようだが……」

「それが、一体、何の関係があるんだ?」

「あなたもご存知の、我々が居た、あの難民キャンプ……」

「あそこに、アロガエンスを脱出しようとした、脱国者として、この地域の駐屯地に捕らえられていた奴がいましてね……そいつは最近ようやく、難民キャンプまで逃げて来られたらしいのですが……」

「そいつが、高齢のダークエルフが居たと言っていたんですよ」

この場に居る、すべてのダークエルフ達がざわつく。

「いやぁ、やはり、常日頃、情報収集はしておくべきですよね」

「そこで、我々の別動隊が、難民キャンプの有志義勇兵達と一緒に、ちょうど今頃、襲撃している筈なんですよ、そこを」


「そんな話を、あたし達に、信じろというのか!?」

さすがに、そんな話をにわかに信じられるものではない。

「あなた達の誰かを、今からそこに行かせて、確認したらいいんじゃないですかね?」

「もし、我々の言うことが嘘で、長老が帰って来なかったら、その時に我々を殺せばいいんじゃないすか?」

「ただ、その場合は、多分、みな殺しにされるのは、あなた達の方だと思いますけど」

ストヤとて、それが分かっていない訳ではなかった。奴隷狩り達をみな殺しにした圧倒的な暴力を、すでに間近で目撃しているのだから。

「そうだわっ、まぁ、もし違ってても、あたし達が助けてあげるわよ、長老様をっ」

-

とりあえず、ダークエルフとは一時休戦となり、石動達は、三老から詳しい話しを聞くことにした。

「三老のお爺ちゃん達は、とってもキュートなのよっ」
「ただ、物忘れが激しくて、下ネタ大好きなのが、玉にきずですけどね」

アイゼンがそう紹介したのは、せっかちなセシワ、動きの重いソリッノ、恰幅(かっぷく)のいいリモモリ、三老と呼ばれる、高齢のダークエルフ達。

「元々、ここは旧マウグリンの領土内だったんじゃ」
「マウグリン王は、この森を我々の住処として認めてくれていたのですが……」
「あの頃は、我々も、平和な毎日を送っていたもんだわな」

「しかし、アロガエンス王国に占領されてからというものの……」
「種族差別政策もあって、我々にここから立ち退くように言ってきたり……」
「ここに防衛拠点を造るから明け渡せ、さもなければ森を燃やすなどと、嫌がらせばかりされるようになってな……」

「我々もずっと抵抗を続けて来てはいたんだが……」
「ついに、奴等は、人質として、長老をさらっていったのじゃ」
「そして、勇者の暗殺に成功すれば、長老を返してやると言って来た」

「それを聞いたストヤは、勇者暗殺は自分がやると言い出してなぁ」
「元々、我々の中では、一番のアーチャーだったからな、ストヤは……」
「勇者暗殺の汚名は自分が被るから、決して他の者は手を出すなと……」

「ストヤもなぁ、気は強いが、決して悪い娘ではないんじゃよ……」

「ストヤは、長老の孫でなぁ……」
「いやいや、曾孫(ひまご)じゃったろ」
「何を言うとる、玄孫(やしゃご)じゃ」

昔のこと過ぎて、もうはっきりと覚えていない三老達。

「もおっ、ちょっとぉ、細かいことはいいから、話を先に進めてちょうだい」

「まぁ、いずれにせよ、長老と、我々ダークエルフ一族を、自分が守って、率いていかなくてはならない、ずっと、そう思い詰めておるのじゃよ……」

「その為にはなんでやる、例え、自分の命に代えてでも……」
「使命感なのか、責任感なのかっ……」

「うむ、見ていて痛々しくなるほどに、必死じゃな」
「あの()運命(さだめ)が、良い方に向けばよいのだが……」

-

それから毎日、ストヤは、高い木々の上に登り、様子を見に行かせた者達が戻って来るのを、待ち侘びていた。

そんなある夜、森の近くに位置する川、その河原で焚火をしていた石動の元に、ストヤが姿を現す。

「なんだっ? 俺を殺しに来たのかっ?」

「……いやっ、そうではない」

おそらく、あの女のことを気にしているのだろうと、石動は察した。

「そういやぁっ、なんでも一人で背負い込んじまう馬鹿な女が、ついこの間、死んじまってなっ」

「……あたしが、殺してしまった女のことか」

「まぁ、確かに、お前が殺しちまったようなもんだなっ」

「私もお前以外の者を殺す気はなかったのだが……」
「……すまないことをしたな」

「まぁ、あの女は、死に場所を探してたからなっ」
「結局、一人で背負い切れなくなっちまって、死に場所を探してやがった、本当に馬鹿な女だっ」

「……そうかっ」

それだけ話すと、ストヤは再び、森の闇の中へと帰って行く。

-

それからさらに数日すると、本当に長老は、ダークエルフの森に帰って来た。

ただ、それは一人で、ではなかった。

二人でも三人でもなく、五百人を超える数の者達を引き連れて。

それは、難民キャンプに居た人々、奴隷商人ユダンに売られそうになっていた、元奴隷であった者達。

流浪(るろう)の民達が、移動して来たのだ。

「長老さんて、ホンマッ、すごい長く生きてるんやなぁっ、ワイリスペクトやわぁ」

「へいっ、これからも長生きしていただかねえとっ」

そこには、救出作戦に参加したサブやケンの姿もあった。

「ほほほっ、もうそろそろ、ワシにもお迎えが来る頃じゃろうて」

しかも、すっかり、長老と仲良くなってしまっている様子。



「貴様っ! これはどういうことだっ!?」
「はじめから、この森を侵略し、征服する気だったのかっ!?」

長老を出迎えに行ったストヤは、その光景を見て、怒りを露わにした。

「いえいえ、とんでもない、我々は平和的な解決を望んでいますよ」

随伴していたマサは、これに答える。

「我々、威勢会(いせいかい)は、人数はたった(わず)かですが、この世界の一軍隊にも匹敵する力を持っています」

「流浪の民である彼等を含め、我々の一時的な駐留(ちゅうりゅう)を認めてもらえれば、この森とあなた達ダークエルフの民達の安全を、我々が保障しましょう」

「アロガエンス、ゼガンダリア、魔王軍、その他すべての軍事力から、我々があなた達を守ります」

「これは、同盟、契約、取引、そういう(たぐい)のものだと、ご理解ください……」
「そうですね、さしずめ、安全保障条約とでも呼びましょうか」

それでも納得がいかないストヤは、長老に直訴する。

「長老っ!あのような者達を、ここにっ、この森に、住まわすと言うのですかっ!?」

「そんなことを言うでない、ワシを助けに来てくれた者達も大勢おるのじゃ」

「ストヤよ、お前はまだ若い」

「森は、誰のことも差別なぞしない」
「種族、性別、身分、そんなものは、大自然の前では、何の意味も無いこと」

「森は、誰にでも厳しく、誰にでも優しい」
「ただ、それだけのこと……」

「我々はただ、この森と共に生き、この森を守護する者達というだけじゃ」


「し、しかし、食料はどうするのですかっ?
この森には、これだけの者達が、食べていけるだけの食料はありません」
「乱獲をすれば、それこそ、この森の生態系が壊れてしまいますっ」

「そこは、当面、我々の資金でなんとかしましょう」

二人の会話に口を挟むマサ。

「しかし、それだけでは、いつまでも、もたないでしょうから、我々もそろそろ、シノギをはじめなくてはなりませんが」

「シノギ?」

「そもそもだっ、お前達が、この難民達を助けて、こんなことをして、何の益があると言うのだ?」

「異世界から来た我々が、この地にしっかり根をはるためには、必要なこと……個人的にはそう思っていますよ」
「まぁ、若頭がどう思っているかは、分かりませんが」

石動が自由に生き続けるための、マサの環境づくりはもう既にはじまっていた。

決定権を握る長老が懐柔されてしまっていては、いくらがストヤが反対したところで、どうにも出来ない。


次々と、森に到着する者達に向かって、石動は声を掛けた。

「おうっ、お前等っ」
「ここが、お前等の新しい住処(すみか)だなっ」

「おぉっ!!」

石動の声に沸く、流浪の民達。
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