極道とクレイジーデーモン

文字数 4,546文字

空から見下ろすと、その巨大都市の全貌が、よく分かる。広大な敷地に、ぎっちりと詰め込まれた、石造りの街並み。

外敵の侵入を防ぐために、その外周は、長い城壁に囲まれ、堅固(けんご)に防御されている。

そして、都市の最深部に、一際高く、そびえ立っているのが、王の居城であるアロガ城。

ここで暮らす者達はみな、一定以上の所得が有り、富める、裕福な上流階級層がほとんど。これまでの貧困にあえぐ町や村とは、対極に位置する大都市。

それが、アロガエンス王国の王都・エンダロウナ。


上空を旋回していたドラゴンは、城壁の外へと降り立った。

「まぁっ、あれだなっ」

「馬に乗ってる極道ってえのは、まだサマになるがっ、ドラゴンに乗ってる極道ってえのは、全くっ、しまらねえなっ」

ドラゴンの背に乗り、空路で、王都エンダロウナに到着した石動達。

「さすがの旦那も、振り落とされないように、しがみついてるだけだったしな」

「いやっ、俺も、旦那のことは、言えたアレじゃねえけどよ」


架けらていた跳ね橋を渡り、城門を通って、中の様子を(うかが)っているマサ。

「間に合ってはいませんが……まあっ、まだ、はじまったばかりというところですかね」

すでに、ゾンビが出現してはいたが、これまで見て来た村々に比べれば、まだそこまで、数は多くない。

「きゃあああっ!!」

それでも、降って沸いたかのように、突如出現したゾンビの群れに、王都民達は、悲鳴を上げて、逃げ惑い、パニックを起こしていた。

襲われて、首筋を噛まれた者達の血が飛び散り、美しい石畳みの路地、石造りの壁が、赤く血塗られる。

「増援は、まだ、来ないのかっ!?」

巡回していた衛兵隊が、迅速に対応し、とりあえず今のところは、持ち堪えているが、それもいつまで続くかは分からない。

手にする剣で、体を斬ったところで、頭を潰さない限りは、ゾンビ達が止まることはない。ただ、人の原型を留めていない姿に近づくだけだ。

手足を斬られ、それでもなお動き続けるゾンビの群れ。その外観は、嫌悪感から来る、人々の心理的恐怖を、ますます増幅させて行く。


「まぁっ、とっとと、始末するかっ」

現場に到着し、銃を手にした時だった。

石動は、背後に殺気を感じる。

振り向き様に、銃を向けたのは、教会の屋根の上。

そこには、石動に向け、銃を構えて立っている男の姿が。

向こうも、石動と全く同じ、初期装備の銃を手にしている。

銃口を向け合い、睨み合う二人の男。


そして、ジャラジャラと、金属同士がぶつかる音。

「やっぱりかぁっ……」

相変わらず、シャツの胸をはだけて、貴金属のアクセサリーを、ジャラジャラとぶら下げているクレイジーデーモン。

そして、傍らには、黒いスーツ姿の秘書、魔女・イリサが、美脚を披露していた。

「やっぱりなのかぁっ!!」

ついに、念願の勇者との対面を果たし、歓喜に沸くクレイジーデーモン。

「勇者は、やっぱり、おめえしかいないと思ってたんだよっ」

「石動よぉっ!!」

クレイジーデーモンの正体もまた、石動の予想通りではあった。


「やっぱり、てめえかっ……」

「てめえっ、こっちじゃ、『クレイジーデーモン』とか、名乗ってるらしいなっ」

真央(まおう)の、出門享也(でもんきょうや)

前世で、威勢会(いせいかい)と抗争を起こしていた、真央連合(まおうれんごう)の若頭・出門享也は、石動の宿敵でもある。

彼もまた、この世界に転生して来ており、クレイジーデーモンを名乗って、今は、魔王軍の幹部にまで成り上がっていた。


「俺がっ、どれだけっ、この時を待ち侘びたことかっ」

「あの、クソ女神がよぉっ、時間差をつけて転生させる、そんなことしやがるからよっ」

「こちとらっ、五年も、おめえのこと、待ち続けてたんだぜえっ」

「なるほどなっ、そういうことかいっ」

前世で、ほぼ同じ時間帯に死に、転生の()でも一緒のはずだった、石動と出門。そして、威勢会(いせいかい)の構成員と真央連合(まおうれんごう)の組員。

だが、真央連合(まおうれんごう)の者達は、何故か、石動達より五年前の時間に転生させられていた。しかも、転生先は、魔王領にだ。

そこには、転生の女神アリエーネに指示を出して、この二人を同じ異世界に転生させた、神々の思惑があるのかもしれない。


「やっぱり、おめえがいねえ世界は、クソ面白くねえわっ」

「この五年間は、ホントッ、退屈で、退屈で、仕方なかったぜっ」

「退屈過ぎて、魔王軍の幹部になってはみたがよぉっ、まぁっ、それも、シノギが増えただけで、やっぱり、クソ面白くねえわっ」

これまで、石動がよく口にしていた『スッキリしない』、その感覚はクレイジーデーモンこと、出門享也もまた同じだった。この男もまた、この世界では、規格外過ぎた。


「五年も待ったんだからよぉっ、存分に、俺を楽しませてくれよ、石動よぉっ」

「ふざけんなっ、てめえのせいで、こちとら、随分と、面倒くせえことに、巻き込まれちまったじゃあねえかっ」

「おいおいっ、そんな、つれないこと言うなよっ」

「おめえが、来るのが遅いから、先にパーティー、はじめといたんだぜっ?」

「おいっ、パーティーってえのは、あのゾンビどものことかっ?」

「まぁっ、おめえらしいっ、つまんねえっ、冗談だなっ」


跳躍して、一瞬で、屋根の上に飛び乗った石動は、その勢いのまま、クレイジーデーモンこと、出門の顔面をぶん殴った。

後ろに吹っ飛ばされ、屋根の上から、転げ落ちる出門。

あまりにも唐突に、二人の闘いは、はじまった。

「えっ!?」

横に居たイリサは、その光景を見て、驚きのあまり、思わず声を上げる。

 ――こいつが、ぶっ飛ばされるの、はじめて見たわ


石動は、屋根から飛び降りて、出門を追撃する。

だが、石動が、地面に着地した瞬間には、すでに出門の拳が、顔面にヒットしていた。

後方に吹っ飛ばされ、教会の壁に激突する石動。

石動もまた、こちらの世界に来て、はじめて、ぶっ飛ばされた。

石動の巨体に、教会の壁は、突き破られ、大穴が空いていたが、当の本人は、何事もなかったかのように、ピンピンしている。

「まぁっ、こっちの世界の壁は、壊れやすくていけねえなっ」

「分かるわあっ、それ、異世界あるあるなんじゃねえのっ」

元の世界で、互角の強さであった者にしか、分からない、この世界での感覚。それは、この二人にしか共有出来ない。


石動の重量級パンチが、出門をぶん殴ると、吹っ飛ばされた体は、石造りの壁に激突。建物にはヒビが広がり、壁は陥没している。

出門のパンチに、今度は、石動が転げ回ると、店のガラス窓を割り、破片が散乱、ぶつかった衝撃で、店の柱が折れた。

二人の殴り合いは、もはや、ゾンビなど関係なく、次々と、街を破壊して行く。


その様を、唖然として見ている魔女イリサ。

 ――えっ? なにっ?
 勇者って、こんなに強いのっ?

 あいつと、全く互角じゃない……

 魔法とか、術抜きなら、
 あいつ、魔王より強いのに?

 次の魔王は、あいつだと思ったから、
 あたしも、秘書やってやることにしたのに……

 同じぐらい強いわけっ!?


同じく驚いていたのは、魔女イリサだけではなかった。

「もうこれ、人間同士の殴り合いじゃねえだろ」

はじめて見る、石動、本気の肉弾戦に、人狼のジトウも呆然とするしかない。

「若頭と出門のタイマンは、いつも相討ちでしたからね」

「ちなみに、対戦成績は、九十九戦、零勝零敗、九十九分け」

「まぁっ、結局、勝敗はまだついてないんです」

-

ノーガードの殴り合い。ガチンコ、タイマン。

お互いに殴り合って、最後まで立っていた方が勝ち。まるで、そんなルールでもあるかのような闘い方を繰り広げる、石動と出門。

「パワー馬鹿と言いますか、脳筋にもほどがあると言いますか」

この光景を見慣れているマサは、ただ呆れるばかり。

だが、石動の目は、これまでになく本気で、ギラギラと光り輝き、出門もまた、歓喜の笑みを浮かべて、殴り合う。

そして、二人が、吹っ飛ぶ度に、粉塵(ふんじん)が舞い、形あるものが、瓦礫(がれき)へと、ただの廃材へと変えられて行く。

すでに、石動との殴り合いに、すっかり熱く、夢中になっているクレイジーデーモン、いや、出門享也(でもんきょうや)。もはや、ゾンビのことなど、すっかり忘れてしまっている。


 ――いやぁっ

 あいつが、勇者、勇者、言ってたの、分かったわぁっ

 なんか、今まで見たことないぐらい、生き生きしちゃってるし

 なんか、これまでの鬱憤、全部、晴らしちゃってる感じだわぁっ

 結局、性欲よりも、ドラッグよりも、一番、中毒性が高いのは、あの勇者だったって訳ね

二人のバトルに、ヒートアップし、すっかり、エキサイトしている魔女イリサ。

彼女もまた、ゾンビのことなど、すっかり忘れていた。

-

何度も、どつき合い、ようやくダメージが蓄積された頃。

交錯する二人の拳、クロスカウンター。

お互いの拳は、相手の顔を捉えたまま、そこで、動きがピタリと止まる。

「……やっぱ、おめえだわっ、石動」

石動の拳に、顔をひん曲げながら、出門が言う。

「こんだけ、俺と殴り合えんの、おめえしかいねえわっ」

「こっちの世界で、対等にやり合えるの、俺達だけだわ、きっと」

石動の顔にも、出門の拳が、めり込んだままだ。

「クソ、ムカつきやがるがっ、そこに異論はねえっ」

二人はそのまま崩れ落ち、その場に倒れた。

ダブルノックアウト。

両者の決着は、毎回、これがほとんどで、相討ちに終わる。


しばらくして、フラフラしながら立ち上がる石動。同じく、出門もヨロヨロしながら立ち上がろうとしている。

「まだだっ、まだやれるぜっ、石動よぉっ」

「当たり前だっ、上等じゃねえかっ」

その時、そんな二人の間に、ゾンビが入り込んで来た。

「ウゼエッ」

明らかに、嫌な顔をする出門。

せっかくの、石動とのタイマンを邪魔されて、いきなりブチギレた。

パァン

銃を取り出し、ゾンビを撃ち殺す。

「おいっ、なんか、こいつら邪魔だなっ」

ゾンビに対して、怒りの収まらない出門は、周りにワラワラと湧いて来ているゾンビ達を、次々と銃で撃ち殺しはじめる。


「ハッ!」

そこでようやく、魔女イリサも我に帰った。

「あんた、馬鹿なのっ? 頭おかしいのっ?」

「あんたが、ゾンビ殺しはじめて、どうすんのよっ!!」

「今日のところは、挨拶だけだって、あんた、自分で言ってたでしょ!?」

そこで、口を挟んだのは、何故か、石動だった。

「馬鹿野郎っ、まだ、挨拶は済んでねえっ、
挨拶の途中で帰ろうとする奴があるかっ」

「おいおいっ、さすがっ、石動、いいこと言うじゃねえかっ」

「あっ……」

そこで、魔女イリサは気づく。

 ――ヤバい、こいつら、似た者同士だ

 方向性が違うけど、二人とも、絶対、頭おかしい人達だわ


「今日は、この薬の実験データ、持ち帰るだけなんだからっ、もう十分よっ」

魔女イリサに、散々怒られて、クレイジーデーモンに戻る、出門。

「確かに、ゾンビのせいで、興ざめしちまったしなっ」

「そういうのっ、本末転倒って言うのよっ」

「お楽しみは、まだまだ、これからだなあっ、石動よぉっ」

そう言い残すと、イリサの魔法で、その場から姿を消した。


「まぁっ、あの野郎も、相変わらず、女には(よえ)えみたいだなっ」

闘いを終えた石動の元へと、マサとジトウが駆け寄る。

「実験データ……おそらく、あいつ等、ゾンビ化する薬を、量産化する気でしょうね」

マサの予想を聞き、石動は、舌打ちした。

「チッ、クソがっ、
これでっ、魔王軍と、戦う理由が出来ちまったなっ」
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