極道とマッチポンプの奇跡

文字数 4,661文字

「若頭っ、背中はあたしに預けてちょうだいっ!」

「おうっ、俺の背中はおめえに任せたぜ、アイゼン」

「ええっ、任されたわ」

地上に降りた石動(いするぎ)、自ら手錠を外して、そこに合流するアイゼン。

互いに背中合わせとなり、周囲を取り囲む兵士達と対峙する。

石動の背中、アイゼンの正面から切り掛かろうとする兵士に対し、アロガ王が見せた物理攻撃防御壁を展開し、アイゼンはこれをはね退けた。


「この数、全部は、さすがに面倒臭えな」

そう言うと、石動はコンパネから二つ目の拳銃を取り出し、両手の二丁拳銃で、前面と側面の兵士達に向けて乱射し続ける。

絶えることのない血飛沫(ちしぶき)が、広場の石畳みを赤く塗り替えて行く。

「これで、一人も殺すなってのは、無理だな」
「偶然でも、急所に当たっちまうだろ、こんなの」

「そんなこと言わないでよっ」
「さすがにあたしでも、死んだ人間を生き返らせるのは無理ですからねっ」

攻撃の石動と、防御・回復係のアイゼン、二人の相性は抜群、息もピッタリで、フォーメーションにも隙が無い。

猪突猛進、ともすると防御無視で、突っ込んで行きがちな石動を、アイゼンの防御壁が完全介護。例えるなら、高火力の遠距離射撃兵器に鉄壁の盾が付いているようなものだ。

中央広場は、瞬く間に血で染まり、倒れた兵士達で溢れ返る。

-

目論見通りに、中央広場は大パニック。いや、むしろ阿鼻叫喚の地獄絵図と言ってもいい。

混乱する群衆の中に紛れ込んで、サブとマサは、囚われている女達を助け出す。

「いやぁ、なんや、みんな別嬪さんばっかりやないかいっ! こんなん惚れてまうやろっ!」

「そういうのは、後にしてもらっていいですかね」
「まぁ、手を出したらアイゼンにぶん殴られそうですが」

広場からつながる、路地裏へと女達を誘導すると、そこでみなの手錠を外す。

「どやっ、ピッキングの達人のワイにかかれば、こんなもんやっ」
「ワイは、テクニシャンやからなぁっ」
「お嬢ちゃん、ワイに惚れてもええんやで?」

相変わらず、女には滅法弱いサブ。

そこからは、事前に用意しておいた二台の馬車に乗り込む。

「ちょっと、定員オーバーな気がしますが、御者(ぎょしゃ)が二人しかいないので仕方ないですかね」

そこで、大騒ぎになっている広場の方を、サブは振り返る。

「大丈夫やろうか? 兄貴とアイゼンはっ」

「後は、若頭とアイゼンに任せましょう、信じましょう」

「せやけどなぁ」

「まぁ、私達はみんな、若頭の信者みたいなものですから、もう信じるしかありません」

そう言って、マサは馬に鞭を入れた。

-
「なっ、なんなのだ、こいつらはっ……」

司祭ムクロガは、その光景を見て愕然とする。

「まさか、ここまでとは……」

それは、助祭のシャナブルも同じ。


すでに負傷した兵士が、ふらふらになりながら、まだ向かって来ようとしていが、石動はその右足を撃ち抜いた。

「そろそろ、いいんじゃねえか?」

もう、二人に立ち向かって来る兵士は一人もいない。
ほぼ、この中央広場で、血まみれで倒れて山積みになっているか、この場から逃げ出したかのどちらかだ。

「若頭、大丈夫? 本当に殺してないでしょうね?」

「まぁ、流れ弾に当たって死んだ奴はいるかもしれねえが、まぁ、大丈夫だろ、多分」

「それより、早くしねえと、失血死で死んじまうぞっ」


そして、ここからが、奇跡のはじまりでもある。

アイゼンが大地に右手を付けると、白い光の粒子が、地面から湧き上がって来る。

誰にでも分かる奇跡。誰もが納得して、文句の付けようがない、反論の隙を与えない。であれば、もう身をもって、奇跡を体験してもらうしかない。

光の粒子は、次第に色濃くなり、中央広場とその近隣を吞み込む。

それはやがて、光の粒子で構成されたフィールドとなり、その中で、すべての負傷者達が、無数の白い光に包み込まれた。

「じゃあっ、いくわよぉっ!」

広範囲(フィールド)ヒーリングッ!!」

光がより一層の強い輝きを放つと、血を流し倒れている負傷者達の傷をすべて癒やし、体を回復させ、元の状態へと戻して行く。


「なんだっ、これはっ……」

その特殊な空間、フィールドに取り込まれた、聖職者であるムクロガも、シャナブルも、ただただ驚くばかり。

「これが、奇跡というものかっ……」

しばらくすると、傷の癒えた者達はみな立ち上がり、まじまじと己の手や足、痛みと傷があったはずの箇所を見つめ、我が目を疑う。

「ど、どういうことだ」
「今のは、一体……」
「まさか……本当に奇跡なのか?」


この世界では、ヒーリングと言えば、聖職者が使う法術、その代名詞のようなもの。神の加護があってこそ、はじめて成立するとされている。

それをこのような規模で使われてしまっては、少なくともアイゼンのことは、『神の使い』であると、信徒も兵士も認めざるを得ない。

そして、生命エネルギーの絶対量が少ないこの世界の住人では、この規模のヒーリングは、例え、教皇であろうと、まず不可能。

女神アリエーネから、どれぐらいかは分からないが寿命が縮む、そんな曖昧な説明しか受けていなかったアイゼン、この世界で、この術を使う気はまったくなかったが、それでも今回は自らの意志で使うと決めた。

自分の中にある芯を通すために、命を賭けたということだ。

 ――ホントッ、なんであんな天然ちゃんが
 こんなに崇拝されている女神なのかしらっ?

虚像と実体が、あまりにも乖離し過ぎているというのもよくあることだ。

自分達で人体破壊しておいて、自分達が治してあげたと言うのだから、これはもう壮大なマッチポンプと言ってもいい。


驚嘆し、我を忘れて、動けなくなっている兵士と信徒達を前に、高らかとアイゼンはいつものセリフを叫ぶ。

「いいかしらっ!?」

「私は、世界を愛に染めるっ、愛染(あいぜん)なんですからねっ」

「このあたしが、神の加護たるヒーリングを使う者として、『神の使い』に選ばれたということは」

「それが、女神アリエーネからのメッセージということよっ!!」

 ――こいつ、よくそんなことが言えるなっ
 もうこれペテン師なんじゃねえかなっ

横で聞いている石動は、口には出さないものの、そう思わずにはいられない。

「本当に、アリエーネ様の……」
「神の使いなのか……」
「アリエーネ様からのメッセージ……」

しかし、信徒達には効果てき面、陥落まで後一歩、もう一押しというところ。

-

その言葉に苛立つムクロガ司祭とは対照的に、不敵な笑みを浮かべ頷いているシャナブル助祭。

「なるほど」
「原典にある、かの一文『人の子らよ、子孫繁栄のため、世界を愛で満たせよ』……」

「ムクロガ様による『新訳』の教典では、この一文を前後の文脈との関係から、同性と異種族間の情愛禁止を意味すると解釈されておられましたな?」

「しかし、斯様(かよう)な者が口にすれば、これは全く逆の意味にも思えてまいりますなぁ」

「『旧訳』の解釈にあったように、分け隔ての無い愛こそが、この世界に豊かさを生み、子孫繁栄につながる、そのように聞こえてなりません」

原典の解釈違いは、宗教家としては致命的、聖職者失格とすら言われかねない。

ムクロガ司祭はシャナブルを睨みつける。

「貴君は、何が言いたいのだっ!?」

-

調子づいたアイゼンは、さらに司祭ムクロガを勢いよく指差す。

「そして、女神の言葉を曲解して、私利私欲のために利用した……」

「司祭ムクロガ、その人こそが、大罪人っ!!
つまり『魔女』なのよっ!!」

「ぐぬっ」

一瞬、たじろぐムクロガ。

だが、ここは強気にゴリ押しするしかなく、負けじと叫ぶ。

「なっ、なにをっ!!」
「ええいっ! この不届き者達を引っ捕らえよっ!!」

しかし、兵士も信徒達も、誰も動こうとはしない。

自らが奇跡を体験した後に、司祭が魔女だという言葉を聞かされ、一瞬にして崩壊してしまった価値観。

人々は激しく動揺しており、戸惑い、困惑し、もう何を信じていいのかすらよく分からない。

迷える者達に、もはや司祭の言葉は届かない。

「まさか、そんな……」
「司祭様が、魔女……」
「司祭様が、大罪人……」

そのパワーワードは、人々の心の中に深く刻み込まれ、口にせずにはいられない。

それが、さらに暗示のような効果を生み、司祭への絶対的な信頼は瓦解(がかい)し、今や確実に疑いへと変わっている。

「なにをしておるのだっ!」
「早くこの者達を取り押さえるのだっ!!」

そう叫ぶ司祭を、人々はただ戸惑いの目で、見つめることしか出来なかった。

今まで信じ続けて来た者に、裏切られたような虚無感、一度芽生えてしまった疑心暗鬼は無かったことには出来ない。

そして、一度魔女と呼ばれた者は、問答無用で捕らえられる、そう信徒にすり込み続けて来たのは、誰あろう司祭ムクロガ、本人に他ならないのだ。

-

 ――マズイな、このままではマジアリエンナそのものが、瓦解しかねない

助祭であるはずのシャナブルは、咄嗟(とっさ)にそう判断した。

「これは、足元を掬われましたな、ムクロガ殿」

「女神アリエーネ様のお言葉を曲解して、私利私欲に走ったとあれば、さすがにこれは私も、あなたを大罪人の『魔女』として告発させていただかねばなりません」

「教皇様は何とおっしゃるか……
査問会が楽しみでございますな? ムクロガ殿」

「シャナブルッ!
貴様っ!裏切る気かっ!?」

「まさかっ」
「私は、女神アリエーネ様の御心のままに、
そのお言葉に殉じるだけでございます」

周囲で戸惑っている兵達にシャナブルは命じる。

「『魔女』の嫌疑で、取り調べさせていただく」
「司祭様をお連れしろっ」

「そ、そうか、お前は、はじめから、私を監視するために、教皇が送り込んだ監視役だったということか」

「『新訳』の教典などという物を出され、次期教皇などとおだてられているあなたが、増長されているのではないかと、教皇様はかねてよりご懸念されておられました」

「それにしても、相互監視の密告社会を築き、魔女狩りをはじめた張本人が、魔女として告発されるとは、なんとも皮肉なものでございますな」

兵達に捕らえられて連行される司祭ムクロガ。

かねてから、教皇の命を受け、ムクロガの失脚を目論んでいたシャナブルにとっては、これはまたとない絶好の機会に他ならなかった。

そして、教会の威信を守るため、ムクロガ一人に罪を押し付け、衆人環視の下、捕らえさせたのはシャナブルの機転でもあった。

権力に取り憑かれた者達。弱肉強食の権力闘争の中で、相手を貶め、足を引っ張り、足元を掬う。自分が優位に立つため、自分の地位を脅かす者を蹴落とすために、相手を陥れる。
それは、まさに魔女狩りの構図そのもの。

-

まるで心の拠り所を失ったかのように、放心して立ち尽くす数多(あまた)の人々。世界の終わりのような顔をして、涙を流している者達も居る。

「おいっ、邪魔だっ、そこをどけっ」

石動にそう言われ、体が反応して、咄嗟に後ずさる。

「道をあけろっ」

石動達を取り囲んでいた群衆が、左右に分かれ、道が出来る。まるで海が二つに割れて、道が開かれたかのように。

石動とアイゼンは堂々と胸を張って、自らが切り拓いたその道を歩き、広場を去って行く。

「しかし、勇者とは……アリエーネ様も、また随分と厄介な者を寄こされたものだ」

その様を見つめながら、シャナブルは呟く。


「おいっ、アイゼン、これは貸しだからな」
「とんだ茶番に付き合わされちまった」

「もおっ、何よっ、仕方ないわねえっ」
「仕方ないから、この借りは、あたしの体で返してあげるわっ」
「まぁ、若頭みたいな野獣タイプも、あたしは嫌いじゃないのよねえっ」

「馬鹿野郎っ、お前と殴り合う趣味はねえ」

「ちょっと、そういう意味じゃないでしょっ!」
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