極道とさらわれた女達

文字数 4,157文字

「ヒャッハー!!」

もう何度目の『ヒャッハー!!』か。

しかし、今度ばかりはいつもと様子が違う。

いつもであれば、猪突猛進、勢いに任せて、ただ闇雲に突っ込ん来るだけの奴隷狩り達が、一歩ずつ、踏みしめるように、進撃して来る。


敵を迎え撃つべく、我先にと最前線に飛び出したケン達。

「ちょっと、何よ、あれっ?」
「なんてことしやがるっ」
「ホンマッ、えげつないことしよるなっ、こいつら」

だが、敵のその姿には、愕然とするしかない。

「グヘヘヘ」
「イッヒヒヒ」

勝ち誇ったような顔で、いやらしい笑みを浮かべている、奴隷狩りの頭目ジャンキとアバミ。

「どうした? これなら、馬ごと斬れねえだろっ?」
「いや、別に斬ってもいいんだぜ? 斬ってもよぉっ」

奴隷狩り達が騎乗する馬の体には、人が縄で縛りつけられている。腹や側面の複数箇所に。

おそらくは囚われていた奴隷達であろう、その中には人間以外の種族も見られる。

そして、次から次へとやって来る後続の馬にも、すべて同様に奴隷が(はりつけ)られているのだ。

「どうよ、これこそ、肉の盾ってやつよっ」
「いや、まぁ、奴隷の盾でも、いいんだけどよっ」

「酷いっ、酷すぎるわっ」
「クソッ、外道がっ……」
「さすがに、ワイもドン引きやで、これは」

威勢会(いせいかい)のみなが(いきどお)る中、マサは一人冷静に、状況を分析していた。

「参ったな、これは、さすがに、詰んだかもしれない……」

石動(いするぎ)の銃であれば、騎乗者だけを狙い撃つのは、訳もないことだっただろう。しかし、石動は現在もまだ、昏睡状態にある。

甘ちゃんのアイゼンをはじめ、ケンもサブも、この状況で、縛られている奴隷達、つまり人質を、平気で見殺しにするメンタルは、さすがに持ち合わせてはいない。

さらに、ケンの日本刀では、人質を避けての攻撃は、動きが制限されてしまうだろう。

  ――さすがに、馬の体に、人を二人も縛りつけている訳ですから、動きは相当遅くなるでしょう……最後の頼みは、圧倒的にスピードで優るサブですが……

ジャンキとアバミの後続の騎馬は、すでに五十は超えている。

  ――いかんせん、数が多過ぎますね……


その最後尾からは、奴隷商人の男・ユダンが乗る特別製の馬車が姿を現した。

「どうなの? オイラのチャリオットは。イケてんじゃあないの?」

先頭には、鎧を着けた巨大な黒い馬、激しい気性で、荒々しく、いなないている。他にも、同様に鎧を身に纏っている馬が四頭。鉄製の荷台に着けられた玉座に座るユダン自らも、重装の鎧を着込んでいる。

その姿は、まさしく重戦車、チャリオット。

「こいつの唯一の欠点は、重過ぎて、動きが遅いことぐらいなんじゃあないのっ」

「お前等が、勇者達なの?」
「どうなの? これでも戦うつもりなの?」

  ――ここは、一時戦略的撤退
  そう言っても、みんな納得しないでしょうし、参りましたね

頭を悩ませながら、マサは眼鏡を指で押した。

-

ケン達の応援に駆け付けた、難民キャンプの中でも腕に覚えがある義勇軍、人狼、リザードマン、竜人、鬼族達は、この光景を見て、さらに驚愕する。

「こ、こいつらはっ……」
「お、お前等っ……」

奴隷狩り達の馬に(はりつけ)られているのは、この難民キャンプからさらわれていった者達ばかり。

ケンが難民キャンプにやって来る前にさらわれた、まだ売れていない者達を、奴隷商人のユダンは、肉の盾として選抜していた。

「そうなの、 オイラは優しいから、難民キャンプの奴隷選抜にしてやったって訳よ、みんな久しぶりに再会出来て、嬉しいんじゃあないの?」

「クソッ!」

槍を手に持つリザードマンが、半ばやけくそで攻撃をはじめたが、(はりつけ)られている奴隷達からは悲鳴の声が上がる。

「やっ、やめてくれっ!」
「俺はまだ死にたくないっ!死にたくないんだっ!」

「あれあれ、せっかく久しぶりに会えた仲間を殺しちゃうの? それはちょっと、(ひど)過ぎるんじゃあないの?」


眼前のジャンキに、ケンが日本刀を振り下ろそうとすると、ジャンキは馬の側面をケンの方に向けた。もちろん、そこには(はりつけ)られた奴隷の姿がある。

「ひぃぃぃぃぃっ」

奴隷の悲鳴に、斬る寸前で、ケンの刃は止まる。

「あれえっ?どうしたの?斬らないのっ?斬っちゃってもいいんだよ?」
「むしろ斬って欲しいなあっ、用心棒んだからぁ、そこはちゃんと仕事しないと」

「クソッ」

「へっへへへ」

ジャンキを下卑た笑い声を上げる。

どこもかしこも、その調子で、まともに戦えたものではない。

  ――これは、さすがに、みんな、戦えるメンタルじゃないですね……
  いつなら、一時戦略的撤退に納得してもらえるでしょうか……

-

「ボスッ、どうしましょうか?」
「この装備は効果的なんですが……
重過ぎて、一度に沢山の女どもを、連れて帰れそうにありませんぜ」

アジトまでの距離を、女達に歩かせて帰れば、途中でほとんど死ぬだろう、奴隷商人のユダンはそう判断した。

「まぁ、とりあえずは、これぐらいで、いいんじゃあないのっ」

みんな、出来る範囲での抵抗はしたものの、善戦虚しく、難民キャンプは荒らされ、結局、数十人の女達が連れ去られることになる。

マジアリエンナで救出した女達も、半数以上は奴隷狩りに再び囚われ、連れて行かれてしまった。


「すいやせん、あっしが、ここに案内したばかりに、お連れのご婦人方が……」

「まぁ、不幸中の幸いなのは、アイゼンが女性のフリをして、上手く潜入、紛れ込んだことですね。アイゼンがいれば、叡智のノートパソコンで、位置を特定出来ますから」

「アイゼンのあの見た目で、本物の女と間違えるだなんて、あいつ等、相当、目が悪いんとちゃうかな?」


破壊された仮設住宅の痕跡。血を流し倒れ、もうすでに動かなくなった者。まだ(うめ)き声を上げ、痛みに苦しんでいる者達。さながら、そこは地獄のような修羅場。

「なんでっ、なんでっ、俺達ばかりがこんな目に……」

「俺がっ、俺がもっと、強ければ……」

その圧倒的な暴力による略奪を前に、打ちひしがれ、悲嘆に暮れ、絶望のどん底にいる難民キャンプの人々。


しかし、いつもの彼等からすれば、この程度の修羅場は、決して珍しいものではなかった。

「カチコミかけられたんやから、お礼参りにいかなあかんなぁ」

「へいっ、やられたら、徹底的にやり返すのが、極道の本分ですからねっ」

「鎧を着た馬に、あの奴隷の盾も、こうなると、幸いだったのかもしれません。あれだけ重くては、進行速度は著しく落ちるでしょうし、こちらもすぐに追いつけますから」

なにより、彼等はみんな、真央連合(まおうれんごう)との抗争で一度死んでいるのだから、それ以上の絶望など、あろうはずがない。


「問題は、どうやって、アイゼンを含めた四人で、女達を助け出すか? ですが……追っ手からどうやって逃げるかとか、その辺りは、また、振り出しに戻った感じですね」

「そんなの、みんな殺しちまえば、問題はねえ」

その声に、一同は期待を込めて、振り返る。

「兄貴っ!!」
「若頭っ!! 」
「大丈夫なんですかいっ?」

そこには、上半身裸で、体に包帯を巻いた石動の姿があった。

まだ、高熱が出続けているため、若干足下がフラフラしており、全身からは滝のように汗が流れ、(したた)り落ちている。

「……外がうるせえから、目が醒めちまったじゃねえかっ……」

「まぁ、俺を入れて、五人もいれば、十分みな殺しに出来んだろ……」

まだ、息を切らせながら喋っている石動。

「若頭、無理しないほうが、いいんじゃねえんですかっ?」

手を差し伸べようとするケンを、石動は振り払う。

「そうはいかねえなっ」
「……あいつ等は、この俺を、怒らせやがった」

強く拳を握りしめ、怒りを増幅させて、石動は自らを奮い立たせる。


「俺が、熱を出して、寝ている時……はっきりとは覚えちゃあいねえが、そばに女が居たってのは分かってる」

「それも一人じゃあねえ、何人かが交替でだ……匂いが違ったからな」

「まぁ、刺激が強過ぎる女も、一人いたが……」

「自慢じゃねえがな、こちとら、実の母親にだって看病なんかされたことはねえんだ」

囚われている、過去の記憶。その悪夢にうなされている中で、触れて来た女達の手、ぬくもり。

「随分と、でけえ借りが、出来ちまったじゃねえか」

それは、一度助けたぐらいでは返せないほどのでかい借り、石動の中では、そういう位置付けだった。

「借りは命を賭けてでも返さなきゃならねえ、サブにそう教えたのは、この俺だからな」

強く握った右拳を見つめる石動。(てのひら)には爪が刺さって、すでに血が流れている。だが、拳にさらに力を込めて、石動は自らに気合を入れる。

「お前等、出入りだっ、準備しろっ」

「へいっ」
「ええ、了解しました」
「さすが、兄貴やっ」

-

「若頭、この女ですが、どうしますか?」

出発する前に、マサは確認する。

椅子に括り付けられたまま、掘っ立て小屋に隔離されていたルチアダは、運良く奴隷狩りにも見つからずに、難を逃れていた。

「このまま、殺してもらって構わないよ、あたしは……そうすりゃ、うちの家には金が届いて、弟や妹達は助かるんだから」

ルチアダの顔をじっと見つめる石動。

整った美しい顔立ちをしているが、その表情には生気(せいき)が無く、もう完全に生きることを諦めてしまっている。

そういう人間の顔を、これまで何度も、石動は見て来た。

「早く、殺しておくれよ」

「俺に殺されたがってる女を、望み通り殺してやるってのは、なんだか、こっちが罰ゲームみてえな話じゃねえかっ」


そこで、ルチアダは、意外なことを言い出した。

「……ねえ、じゃあ、あたしも、一緒に連れて行っておくれよ」

「あたしは、こう見えても元兵士だって言ったじゃないか、きっとあんた達の役に立つはずだよ」

「そんなこと言って、また、裏切るんちゃうやろな?」

「まだ暗殺を諦めていない可能性も、否定は出来ませんね」

「あぁ、信じてもらえないのは、仕方がないね」

「でも、あたしだって、ずっと同じ牢獄に居たんだ……連れて行かれた仲間達のことが心配なんだよ」

「……」

石動には、この女が何を考えているのか、なんとなく分かっていた。

「まぁ、いいんじゃねえのか」

「今度また、襲って来たら、その時は、お望み通り、返り討ちにしてやるよ」

「あぁ、そうだね……気が向いたら、いつでも殺してくれていいんだよ?」

「だって、それが、あたしの願いであり、救いなんだから……」
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