極道と王国の落日

文字数 4,147文字

その日、アロガエンス王国は、落日を迎えた。

人間領で、無敗を誇っていたアロガ王が、大敗を喫したのだ……。


ついに、アロガエンス王国への侵攻を開始した魔王軍。それは、この王国が弱体化して来ており、十分な勝機がある、魔王が、そう判断したということをも意味していた。

悪魔や魔族をはじめとする、万の軍勢が、白い雪に埋もれる北の大地を、黒く染めて行く。

その魔王軍の先兵として、指揮を任されているのは、自ら立候補して、魔王に強烈なアピールをし続けていた、クレイジーデーモン。

石動との約束通り、アロガエンスの最北端、北の大地から、魔王軍の侵攻は開始される。


「ついに、決着をつける時が、来ちまったんじゃあねえのかっ? 石動よおっ」

「おうっ、上等じゃあねえかっ」

自らを囮にして、北の大地で、魔王軍への挑発行為を続けていた石動からすれば、ようやく、この時が訪れたというのが、内心、正直な気持ちでもあった。

だが、いつものように、殴り合いがはじまると、そんなことは、もうどうでもよくて、ただ、クレイジーデーモンこと、出門享也(でもんきょうや)をぶっ潰す、そのことしか頭にない。

それは、クレイジーデーモンもまた、同じこと。

「ウゼエッ」

指揮官に加勢しようと、二人の間に割って入ろうとした魔王軍の手勢達は、次々と、その指揮官によって、撃ち殺された。


「あんた達、馬鹿なの?」

魔王軍の指揮官補佐である魔女イリサは、こんな状況には、もうすっかり慣れっこ。

「あんな、超人大戦みたいなもんに、構うんじゃないわよっ」

指揮官は放っておけと、兵士達に命じる。

「二人きりの世界で、イチャイチャしたいだけなんだからっ」

「ほらっ、とっとと、先に進むわよっ」

実質的な指揮は、魔女イリサが執って、魔王軍は、北の大地を南下して行く。


対して、王国軍を率いるのは、モオワリィ将軍。

脳筋ではあったが、数々の武勲を立てられるほどには強いので、こうした、頭を使わない正面衝突には、最も適任ではあった。

「しかし、魔王軍の侵攻ルートを、事前に察知され、軍を配備しておられるとは、さすが、アロガ王であるなっ」

しかし、それもまた、マサが、潜入工作員を使い、情報操作を行った結果である。

-

そして、人間領、第二の大国である、ゼガンダリアもまた、魔王軍の侵攻を知って、決断を迫られていた。

ゼガンダリアの首都、ニバンジャドゥメナンの官邸に揃う、フリーデ・ユクード王と、宰相のゼカトブ・ジコロウ。

「ついに、この時が来ましたな、国王」

「果たして、本当に、これでよいのか……」

まだ、迷いを見せるフリーデ王。

「今は、信じるしかありません」


彼等は、最初の約束を果たすために、決断を下して、軍を動かした。

ここ何年か、休戦状態が続いていた、アロガエンス王国に対して、再び宣戦布告を行ったのだ。

アロガエンス王国は、北の魔王軍に対するのが精一杯で、西から侵攻して来るゼガンダリア軍に対しては、完全に後手に回らざるを得ない。

唯一の救いは、ゼガンダリア軍が、西の軍事拠点を襲撃して回るのみで、町や村を占領する気配を、見せていないことだった。

これで、アロガエンス王国は、二局面同時に敵対勢力と、相対することを余儀なくされる。

しかし、まだ、これだけで、終わりではない。

-

「ドラゴンだっ!! ドラゴンの襲来だっ!!」

ドラゴンテイマーが操るドラゴンが、各地の城を襲い、ビーストマスターが、巨大獣を使って、王国軍の基地を潰す。

アロガエンスの国内で、次々と、発生する同時多発テロ。

しかし、それは、単なる暴動ではなく、計画的に推し進められている。

「人的被害は、最小限にだっ」

襲撃している立場であるはずの者達が、口々にそう叫ぶ。それが、彼等の合言葉でもあった。

火竜が吐く火炎放射が、軍の砦を燃やして行く。

「食糧庫は焼くなっ! こいつら、接収(せっしゅう)と称して、近隣の村々から、食糧を奪って行きやがるからなっ」

国内の同時多発テロ、それはすべて、ダークエルフの森に暮らしている者達による犯行。その黒幕は、マサで間違いない。

細かい所にまで、気が配られた、繊細なテロ。とても正当化出来るものではないが、それでも、被害を最小限に抑えようと、細心の注意を払ってはいる。

炎に包まれ、赤く燃える砦を、見つめているマサ。

転移石を使って、自分の命令で、テロが起こされた現場を、マサは、見て回っていた。その方が、連絡を待つより早いからだ。

「まぁっ、略奪、暴行などは、一切、禁じてはいますが、これまで弾圧されて来た恨みもあれば、鬱憤も溜まっているでしょうから、こればかりは、どうなりますかね……」

-

人狼のジトウもまた、この同時多発テロに参加していた。

数少ない、貴重な転移石を持って、敵の軍事拠点を渡り歩いて、マシンガンを乱射する、それがジトウチームのミッションだ。

「マサさん、さすがに、こりゃっ、無理だわっ」

チームのもとに姿を現したマサに、ジトウは、思わず愚痴る。

「こんなの乱射してたら、さすがに何人かは殺しちまうぜっ」

「いつ、偶然、敵の急所に当たっちまっても、不思議はねえっ」

「旦那は、よくこんなこと、やってられんなあっ、いつも」

「多少は、仕方ないでしょうが、極力、人的被害は最小限にしておいてくださいね」

「さすがに、やり過ぎると、泥沼の殺し合いしか、道がなくなりますから」

マサからしてみても、この計画は、諸刃(もろは)の剣でもあった。

元居た世界の現代戦に(なら)って、軍事拠点のみを制圧することにしていたが、それでも、やり過ぎてしまえば、憎しみしか生み出さないだろうことも、分かっている。

「しかし、冷静に考えてみても、おそらく、このチームが一番、極悪なテロリストでしょうね」

「そりゃあっ、どういうことだいっ? マサさん」

「転移しながら、現れては消えて、マシンガン乱射するなんてテロ、我々が元居た世界だって、防ぎようがありませんからねっ」

-

北の魔王軍に、西のゼガンダリア、そして国内の至る所で、同時に起こったテロ行為。

それは、三局面で、同時に戦争が行われているようなもので、アロガエンス王国は、内外からフルボッコにされたと言ってもいい。

王国軍のほとんどは、北の魔王軍に派兵されていたため、そちらは、膠着状態(こうちゃくじょうたい)を保っていたが、それ故に、軍勢を分け、呼び戻すこともまた、難しい状況にあった。


すでに、西のゼガンダリアは、ある程度まで進軍した後、自国へと帰還している。その理由は、不明ではあるが。

こちらでは、西の軍事拠点のいくつかが、襲撃されてはいたが、動きからして、ほぼ牽制に近い。


国内テロでは、外地の軍事拠点は、ほぼ壊滅していたが、外地の町や村に被害はなく、内地の主要都市なども無事である。

広範囲に渡る規模の戦闘にしては、被害は最小限だったとも言えた。

しかし、どう考えてみても、これは、アロガエンス王国の、アロガ王の敗北に他ならなかった。

-

「アロガ王、ゼガンダリアの使者を名乗る者が、参っておりますが……」

半壊して以来、未だ修理中のままであるアロガ城。

大敗を喫し、絶望しているアロガ王のもとに、使者が訪れる。

「何っ? ゼガンダリアだっと?」

「あの火事場泥棒どもめっ、どの面を下げて、使者など、送って来おったのかっ!」

領土は一切、奪われてはいないが、アロガ王は勢いで、そう言った。

「追い返せっ!!」

アロガ王が、そう叫んだ時には、すでに、ゼガンダリアからの使者は、強引に、城内に入って来ていた。いつものように、兵士達をぶん殴って……。


「おうっ、アロガ王っ、また、会ったなっ」

目の前に現れたゼガンダリアの使者を見て、アロガ王は絶句する。

「ゆっ、勇者ではないかっ!?」

ゼガンダリアの使者を名乗っていたのは、勇者である石動不動(いするぎふどう)

そして、その後ろには、ここまで、隠れるようにしてついて来た、マサの姿があった。

「そうか……」

「貴様っ、ゼガンダリアと、通じておったのかっ!?」

非戦闘員扱いのマサは、戦闘を避け、無事にアロガ王のもとまで辿り着いたので、今度は、石動の前へと進む。

「いいえっ、正しくは、アロガエンス王国を除いた、人間領すべての国と同盟を結んでいた、ということになりますが」

ここからが、いよいよ、マサの出番と言っていい。

「そうですねっ、まぁっ、人間領同盟とでも、言いましょうかっ」

いつもの癖、眼鏡を指で押すマサ。


「ぐっ、ぬぬぬ……」

アロガ王は、ようやく察した。

「まさか、使者に対して、手荒なことは、いたしませんよね?」

「まぁっ、別に、やるならやっても、俺は構わねえけどなっ」

「でもっ、まぁっ、そんなことしても、今以上、死体が増えるだけだぜっ」

すべては、勇者達によって、仕組まれていたのだと。


「まぁっ、あれだな、ようやく俺も、極道らしいシノギが出来るってもんだなっ」

言葉通りに、石動は、極道らしく、自称覇権国家を脅しに来たのだ。

これまで、この時のために、マサは、用意周到に準備を進めていた。相手が弱っている隙につけ込んで、交渉を持ち掛ける。それは、当初からの既定路線。

この世界の大国を、極道が脅す、そんな晴れ舞台に、石動は、満更でもなさそうな顔をしている。


「貴様らとっ、話すことなぞ、何もないわっ!」

顔を真っ赤にして、怒りに震えるアロガ王。

「ここは、大人しく、話を聞いたほうが、いいと思いますがね」

「まぁっ、そう言うなよ、アロガ王よおっ」

「交渉次第じゃ、これを返してやってもいいんだぜっ」

石動は、コンパネのアイテムボックスから、それを取り出すと、人差し指でくるくると回して手遊びをはじめる。

「そっ、それはっ……」

それを見た、アロガ王の顔色が変わった。

それは、間違いなく、アロガエンス王家に代々伝わる、王の証、勇者に奪われたはずの王冠。

「どっ、どういうことだっ?」

アロガ王が知る情報では、ゼガンダリアの闇マーケットに流れていたはずの王冠が、今、目の前に、存在している。

「その王冠は、売ったのではなかったのかっ? ゼガンダリアに……」

しかし、その噂も、情報操作によって、作為的に流されたもの。

「ええっ、売りに行きましたよ……ゼガンダリアの、国王と宰相にね」

最初に、石動と二人きりで、ゼガンダリアを訪れた時から、マサの計画は、すでにはじまっていた。

「ただ、彼等は、あなたより、賢明だったということです……」
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