極道とドワーフ

文字数 4,172文字

「ちょっとぉ、勇ちゃん、
トランプ、強過(つよす)ぎんよぉっ」

ドワーフの工房長、ムサシはそう言って、テブールの上に突っ伏した。

石動は、自らを『勇者』と名乗ることを好まないが、周りの者達からは、分かりやすく、『勇ちゃん』もしくは『勇さん』と呼ばれている。

同じテーブルで一緒に遊んでいたドワーフの徒弟子達、ベンケイとバクウも、親方同様に、浮かぬ顔でため息をつく。


この世界には、存在していないトランプだが、マサはその試作品を、ムサシに依頼して、作ってもらっていた。

試作品が出来てからは、連日ドワーフの工房で、みんなして賭け事三昧(ざんまい)という訳だ。

「馬鹿野郎っ、賭け事で、俺に勝とうなんて、百年早えんだよっ」

ムサシの向かいに座るのは、ドヤ顔の石動だ。

「トランプだけじゃねえ、お前等、チンチロリンでも、丁半博打でも、全部、俺に負けてんじゃねえかっ」

テーブルの上には、同様に、サイコロの試作品もある。


「あらっ、やだっ、あんた達、ホントッ、弱いわねえ」
「賭け事、向いてないんじゃないのっ?」

他のテーブルでは、アイゼンやサブが、やはりドワーフ工房の徒弟達を相手に、賭けトランプをしている。

「どやっ、イカサマの天才と呼ばれたワイにかかれば、こんなもんやっ」

最初は、この世界の数字が覚えられず、四苦八苦していたサブも、今ではすっかり馴染んでいた。

「なんなんすかっ!」
「イカサマしてんじゃないっすかっ!」

ただ、サブのテーブルは、ちょっと揉めていた。


「なんか、あっちで、揉めてやがんなっ」

「まぁ、ギャンブルのトラブルは、金のトラブルに直結しますからね」

一人、叡智のノートパソコンで、何やらやっているマサ。ダークエルフの森という、仮の拠点が出来たことで、マサの計画は、新たな局面へと移行しつつあった。

「金のためなら、平気で人を殺すような連中も多いですし」
「日本をはじめとする国々が、賭博(とばく)を規制したいってのも、まぁ、分からなくはないですよっ」

「金がある奴は、ギャンブルで全財産を失って、無一文になり……金が無い奴は、借金をしてまでギャンブルをして、さらに金を失う……」

「まぁ、ご覧のように、勤労意欲も削がれてますし」

実際、ドワーフ達は、ギャンブルに夢中になり過ぎて、ここ数日、職人としての仕事をしていない。

「まぁ、その辺も、ギャンブルの怖えーとこだなっ」
「いわゆる、依存症ってやつかっ」

-

「お前等、随分と、負けが込んで来てんなっ」
「借金、相当、たまってんぞっ」

いいようにカモにされ、オケラどころか、借金までつくってしまったドワーフ工房の一同は、すっかり意気消沈している。

「借金は、ちゃんと、働いて返してもらうからなっ」

「あぁっ、分かってるってっ」

ドワーフ工房長の、やる気がない返事。

「で、次は一体、何を作りゃあいいんだい?」

「今回は簡単ですよっ……」

それに対して、マサの声は明るい。

「このトランプと、サイコロを大量生産してもらいます」

「もしかして、これ、売る気なのかっ?」
「いやっ、そもそもこれっ、売れるのかいっ?」

「馬鹿野郎っ、なに言ってやがる」
「お前等が、こんだけ夢中になって、借金つくりまくってんのが、何よりの証拠じゃねえかっ」

「確かに、遊び方は広めて行く必要がありますが……そこは、森で暇してる連中に、営業とサクラでも、やらせるとしましょう」

「いや、みんな、今日を食うにも困ってる連中ばかりだからよ、そんな玩具(おもちゃ)に金出す奴なんかいんのかな、と思ってな」

ドワーフのムサシが言うように、この世界の者達は、実際、そんな室内遊具なぞに、お金を出せるような暮らしぶりではない。

「あらっ、楽しみがないからこそ、こういう手軽な遊びが受けるんじゃないのっ?」

「せやなあ、大流行するかもしれんなあ」

人類史を見ても、時代を越えて、これだけ世界中で流行った遊具は、他には存在しない。マサは、成功を確信していた。

流行(はや)ったら、流行ったで、パクられまくって、そちこちに類似品が出まくるでしょうが……著作権なんて、どこ吹く風、って世界ですからね、ここは」

「それでも、流行ってくれるなら、それでいいんですよ」

「我々の目的は、トランプを商品として、売ることよりも、賭場(とば)を開いて、ボロ儲けすることですから」

「この世界では、賭博は違法ではないですからね」
「まぁ、やりたい放題ですよ」

アイゼンは頷く。

「そもそも、まともな法律があるのかどうかすら、あやしいわよね、この世界」

魔女狩りに捕まった時に、裁判ひとつなかった経験がそう言わせるのだ。


「しかしよっ、このトランプを大量生産すんのには、さすがに、この工房の人数じゃ、手が足んねえわっ」

ドワーフの言うことももっともで、マサは、叡智のノートパソコンで用意していたプランを見せる。

「それに関してですが、むしろ、あなた達には、生産ラインをつくってもらいます」

「紙の精製方法、型抜き、印刷などなど、各製造工程のフローを、出来るだけ簡単かつ効率的に確立して、マニュアル化してください」

「技術が要らない、誰でも出来る仕事は、ダークエルフの森で、暇してる連中にやらせますから」

「働かざる者、食うべからず、そういうことです」

マサは、流浪の者達に、新しい住処(すみか)と食事を提供したが、逆にそれは、労働力を確保したということにもなる。ただ、元々が極道なので、ブラック企業にならないとも限らないが。


「あと、一つ、懸念事項があるんですが……」

「おそらく、この世界の貧困層は、ロクに教育を受けていないでしょうから、数字が計算出来ない可能性があります……ですので、足し算、引き算を使う遊び方には、抵抗があるかもしれません」

「でもっ、サブですら、出来るんだからっ、それぐらい出来るんじゃあないのっ?」

「せやなあ、さすがにワイでも、それぐらいの計算は出来るで」

そこで、この世界の住人であるドワーフに意見を求めてみる。

「まぁ、確かに、読み書きや計算が出来ない奴等は沢山いるな、実際」
「でも、これぐらいなら、すぐに覚えるんじゃねえのか」
「計算要らない遊び方も多い、みたいだしな」

「俺は、この工房に来てから、親方に教えてもらったクチだなっ」
「あぁっ、俺もだなっ」

「はえっー、随分、社員教育がしっかりしてるんやな、この職場は」


「まぁ、いずれにしても、賭場に呼ぶ客は、富裕層が望ましいですね」
「貧乏人から、金を巻き上げても、たかが知れてますし」

「おうっ、いいじゃねえかっ」
「貴族や商人、そんな富裕層どもが、貧乏人から搾り取った金を、俺達が巻き上げるっ」
「そりゃ、痛快だなっ」

石動の言葉に、反応するアイゼン。

「あらっ、ちょっと、義賊みたいでカッコイイわね」
「それが、ここで働く元難民の人達に、還元されるってことでしょっ?」
「あっ、そうだわっ、収入が無くて困ってる人達も、働きに来られる工場みたいにしたら、いいいんじゃないかしらっ」

「馬鹿野郎っ、俺達は極道だっ、そんな、いいもんじゃねえ」

石動は、自分達の行動を綺麗事にすることを、極端に嫌がる。

「はぁーいっ、そういうことにしておいてあげるわっ」

石動の反応とは裏腹に、アイゼンの案は採用され、将来的には、拡大された工場に、職を求めた大勢の者達が集まって来るようになる。

-

「で、賭場(とば)は、どこで開く気だっ?」

「そこなんですが……さすがに僻地(へきち)過ぎて、ダークエルフの森という訳にはいかないでしょうね」

「ならっ、人が集まって来る、どこかの都市、ということになるわねっ」

そこで、石動は閃いた。

「じゃあっ、マジアリエンナだなっ」

「あらっ、やだっ、宗教都市で、ギャンブルするのっ?」
「でも、ちょっと、淫靡(いんび)でいいかもしれないわねっ」

「あそこはっ、ワイ好みの別嬪(べっぴん)さんが、多かったからなあっ」

「まぁ、確かに、アリですかね……」
「あそこでは、勇者と『奇跡のヒーラー』は、盛大に名前を売り出しましたし」
「富裕層を、呼び込みやすいかもしれません」

「あらっ、やだっ、『奇跡のヒーラー』だなんてっ、マサも分かってるじゃないのっ」

「巡礼の名目があれば、他の都市からも人が集まりやすいでしょうし」

「でもっ、巡礼した後、ギャンブルして帰るとか、人としては、ちょっと、どうかとは思うわねっ」

「ただ……また、教会と、ひと悶着(もんちゃく)あるかもしれませんが」

宗教都市で、賭博、ギャンブルを布教などすれば、今度こそ、邪教徒扱いされても不思議ではない。ただ、すでに石動は『神の使い』を宣言しているので、それがどちらに転ぶのかは、さすがにマサにも読めない。

「まぁ、ひと悶着は、どこに行っても、いつものことだからなっ」

それでも、ここに転生させられて来たばかりの時を思えば、みんなと一緒に居て、遥かに状況は良くなって来ているはず。

「でもっ、あたし達が、シノギをするなんて、久しぶりじゃないっ」
「まさかっ、こんな日がまた来るなんてっ、思ってもいなかったわっ」

アイゼンのように、この世界での、これから先に、希望を持つ者もいる。

「せやなあ、ワイも、なんだかワクワクしてるわっ」

-

「そういやっ、お前等は、この世界で、娯楽と言えば、何を思いつくんだっ?」

石動は、参考までにと、ドワーフのムサシに聞いてみた。

「まぁ、金のねえ貧乏人は、娯楽どころじゃねえからなっ」

「富裕層の間では、闘技場(コロッセオ)とかで、闘技会を見るのがすげえ流行ってて、すげえ熱狂してるって話なら、聞いたことがあるな」

「ほおっ、闘技会ねえっ」

石動の目がキラリと光る。

早速、闘技会について、叡智のノートパソコンで調べるマサ。

「格闘技系の興行みたいですね……」

「相手が死ぬまで、殺し合う、死闘だとか……そこが観客の熱狂ポイントだ、とも書いてあります」

「まるで観光地のガイドマップみたいな紹介やな」

「ほおっ、なんだかっ、面白そうじゃねえかっ」

何故だか、目を輝かせている石動。

「こりゃっ、いっぺん、競合にあたるライバルを、敵情視察に行かねえといけねえなあっ」

「おっ、そうだなっ」
「工房長よぉっ、俺に覆面、作ってくんねえかなっ?」

その一言で、付き合いの長い一同は、みな察した。

三人は集まって、小声でヒソヒソ話す。

「やだっ、あれって、試合に乱入する気満々なんじゃないのっ?どうするのっ?」

「せやなあ、あの目の輝き具合からして、もう止められんろうしなぁっ」

「まぁ、とりあえず、ここは好きにさせておきましょうっ」
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